戦国時代の騎馬は、ポニーのような小さい馬だったと聞きますが、そんな小さな馬で戦うことが可能だったっだのでしょうか?

日本史 | 歴史68閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">50

ベストアンサー

0

ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さん回答ありがとうございました。木曽馬が在来場ではなく、大陸からやってきたと初めて知りました。ポニーというのは、大きさだけというのも勉強になりました。日本の馬にも触れ木曽馬の性格や生態、またはまとめてくださったのでこの方をベストアンサーとさせていただきます。木曽馬や他の西洋の馬に乗ってみたら戦えるか一番わかりそうですね。

お礼日時:8/2 11:44

その他の回答(4件)

0

小さいから戦える。 ポニーの大きさに分類されるだけ。 ヨーロッパまで攻め込んだモンゴル馬もポニー種。 それより高いと乗り降り大変。 武器が敵に届かず、 敵からは馬の足狙われ落馬する。 合理的な高さの馬使った。

0

すでに回答があるように、ポニーは馬種ではなくカテゴリーなのよね。 大陸を席巻した蒙古馬もポニーの分類なのよ。

1

よくある質問ですけど、「ポニー」という言葉が独り歩きしているというか、ポニーという言葉を知らずにこの手の話が流布されていますよね。 ポニーと聞くと質問者さんはどういうイメージでしょうか。 子供の背丈くらいの小さな仔馬ちゃんでしょうか。 もしそうだとすればそれはミニチュアホースであってポニーではありません。 ポニーの定義は体高(脚から首の付け根までの高さ)が147センチメートル以下の馬であり、これは成人男性の肩の高さとおよそ同じです。 平均身長が現代より低い近代以前ならほぼ頭の高さと同じです。 これは馬の首の高さではなく、首の付け根までの高さです。 騎乗すればかなりの視線の高さになります。 ポニーとは仔馬ちゃんではなく、大型種よりひと回り小さいという意味なのです。 戦うには十分な大きさです。 日本在来種の木曽馬は体高140センチメートル強ほど、大陸を制覇したモンゴル帝国の蒙古馬はもう少し小さく体高140センチメートル弱ほどです。

1人がナイス!しています

1

戦国時代・江戸時代 名馬一覧です 人を乗せ、力もかなりあったそうです ・鬼鹿毛(おにかげ) 武田信玄の父である武田信虎の愛馬。『甲陽軍鑑』巻一によると体高は四尺八分八寸(148センチメートル)で、晴信(信玄)が鬼鹿毛を所望したが信虎は聞き入れなかったとする逸話を記している。 ・黒雲(くろくも) 武田信玄の愛馬。気性が非常に荒く、信玄以外騎乗できなかったといわれる。 ・大鹿毛(おおかげ) 武田勝頼の愛馬。武田家滅亡後、織田信忠の愛馬となる。明智秀満の愛馬と同名だが、別の馬と思われる。 ・白石鹿毛(しろいしかげ) 織田信長が所有した名馬。伊達輝宗から送られた奥州一と謳われた名馬。 ・小雲雀(こひばり) 織田信長から蒲生氏郷が拝領した名馬。 ・大鹿毛(おおかげ) 明智光秀の愛馬。本能寺の変以後、山崎の戦いの敗報を受けて坂本城への帰還を目指す秀満が、大津にて秀吉派の軍勢に阻まれた。そこで、陸路を断念した主を乗せたまま琵琶湖の湖水へ入り、無事に泳ぎきって坂本帰還を果たした、と言われている。 ・鏡栗毛(かがみくりげ) 山内一豊の愛馬。織田信長の馬揃えの際、一豊の妻・千代(見性院)は貯えていた嫁入りの持参金を夫に渡し、名馬鏡栗毛を購入させた。馬を買った経緯は、ある商人が東国一の馬を売ろうと連れて来たが、あまりの高さに誰も買う者が無く、仕方無く帰ろうとした所を山内一豊が買った。それを聞いた信長が「高い馬だから、信長の家の者でなければ買えないだろうと持って来た馬を、浪人の身でありながらよく買ってくれた。信長の家も恥をかかなくて済んだ」と喜んだ。 ・帝釈栗毛(たいしゃく くりげ) 加藤清正の愛馬。「江戸のもがりに さわりはすとも よけて通しゃれ 帝釈栗毛」と謳われたという。 ・内記黒(ないきぐろ) 豊臣秀吉から長宗我部元親が拝領した名馬。葦毛の馬である。戸次川の戦いにて仙石秀久の無謀な策により、窮地に陥った元親を乗せて命を救った。墓は高知県の元親の墓付近にある。 ・奥州驪(あうしうぐろ、おうしゅうぐろ) 豊臣秀吉が中国大返しで最初に騎乗した名馬。湯浅常山の著書『常山紀談』巻の五によると、「秀吉は奥州ぐろという名馬に乗り、雑卒にまじり、吉井川を渡り片上(備前市)を過ぎ、宇根(兵庫県赤穂市有年)に馳せ著けたれば馬疲れたり」としており、約25里を駆け抜けたとされている。 ・百段(ひゃくだん) 森長可の愛馬。長可の居城・金山城の石段100段を駆け上る程の甲斐黒とされている。 ・膝突栗毛(ひざつきくりげ) 島津義弘の愛馬で、長寿院栗毛(ちょうじゅいん くりげ)とも言われる。木崎原の戦いに於いて敵将との一騎討ちの際に、膝を折り曲げて義弘の危機を回避した。 ・放生月毛(ほうしょうつきげ) 上杉謙信の愛馬。川中島の戦いにおける武田信玄との一騎討ちで騎乗していたと言われる。月毛とはクリーム色の事である。 ・松風(まつかぜ) 前田利益の愛馬。前田利家を水風呂に騙して入浴させ、前田家を出奔した際に奪ったと言われている。別名谷風とも言われる。漫画『花の慶次』では、上野国の厩橋城近くにいた事になっている。 ・白石(しらいし) 徳川家康の愛馬。名は「白」だが毛の色は黒。 ・三国黒(みくにぐろ) 本多忠勝の愛馬。徳川秀忠から拝領した。関ヶ原の戦いで被矢。 ・太平楽(たいへいらく) 豊臣秀頼の愛馬。天下一と評された名馬であったが、大坂の陣 で主人を乗せることは無かった。 ・真田栗毛(さなだくりげ) 真田信繁の愛馬。大坂の陣で信繁が戦死すると、褒美として松平忠直に与えられた。後に改易されると配流先にも連れて行った。 王庭(おうば) 佐久間象山の愛馬。白い馬で京都三条木屋町で暗殺された際に騎乗していた。 ・五島(ごとう) 後藤信康の愛馬。のち伊達政宗へ献上されたが、大阪冬の陣の際は老齢を理由に参陣を留め置かれた。そのことを嘆き悲しみ仙台城本丸から崖下へ身投げしたという伝説がある。

1人がナイス!しています