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2021/8/2 3:01

1515回答

神はなぜ、すべての者を救うという壮大な計画のために、小さなひとつの民を選んだのですか?

宗教 | 哲学、倫理152閲覧

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全人類を救済する計画なら、アダムとイブが生きているうちにキリストを派遣して入信させないとおかしいことになりますが、実際は西暦27年ごろにはじめてイエスの教えは発信されたのだし、今もなお世界の辺境には届かない地域があるのですから、全人類を救済する計画何ぞ最初からあるわけありません。それどころかキリスト教の考えでは、すでに多数の人間が地獄行が確定していますw

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神はアブラハムやその孫ヤコブ(別名:イスラエル)に、『あなたの子孫を通して世界の人々は祝福される』という約束をしました。(創世記22章18節、28章14節) それから数百年経ったモーセの時代に、アブラハムとヤコブの子孫イスラエル人は恐らく2-3百万人になっていました。神はエジプトからイスラエルを救い出し、その国民と契約を結びます。その契約の大意は、『もし私の命令に従うなら、世界の人々を祝福する特別な国民とする』(出エジプト記19章)というものでした。 その後千年以上にわたり、神はイスラエル人に聖書(旧約聖書)を書かせ、神が将来遣わすキーパーソン、つまりメシアを待つように伝え、メシアに関する数々の予言を旧約聖書に書かせてイスラエル人にメシアを見分け、受け入れる準備をさせます。 同時に神は、祭司の制度や動物の犠牲を事細かに取決め、『人間の罪』というテーマをイスラエル人に明記させます。これが将来、メシアを送り、受け入れさせるためのもう一つの重要なポイントとなります。 神は最初から、決して、イスラエル人(ユダヤ人)だけを救うなどとは言っておらず、イスラエルが全人類の救うためのツールになる、と言っているのに注意してください。 さて、西暦1世紀になり、イエスが現われ、イエスとその弟子たちは彼がメシア(『神から任命された者』の意。一般には『救世主』と訳される。「メシア」はヘブライ語、同じ意味のギリシャ語は「キリスト」)だと主張しますが、ほとんどのイスラエル人は彼を受け入れず、殺してしまいました。 それでモーセの時代に神がイスラエル人と結んだ契約はここで終了になります。一方が契約不履行(神の言うことを聞かない)ので当然です。 神は人類を祝福するためのツールとして用いる契約の相手を変えます。それは「イエス・キリストに本当に従う人たち」です。神はその人々からなる『新たな国民』形成し、彼らを通して全人類の救済に関する教育を始めます。 ざっくりですが、上記が、私が理解し納得している聖書全体の説明です。 キリスト教の神学の中には、神は今でもイスラエル人を祝福しており、1948年のイスラエル建国も神の後押しだ、としている神学がありますが、私はそれを支持していません。新約聖書の様々な言葉と矛盾するからです。 ですから、神が古代のイスラエル人を、モーセの時代からイエスの時代まで「選民」とした理由には、(1)メシアを送る準備をする。(2)聖書を書かせる。(3)罪というものに対する深い洞察とその解決方法を考えさせる。などの理由があります。その一時期、神が用いたツールに過ぎないというのが私の説明です。 「最終的な救い」に関しては、全人類は平等です。過去にイスラエル人だったからとか、非イスラエル人だった、あるいは、神について全く知らなかったということとは無関係に神は全人類に公平かつ平等の教育の機会を与えると私は信じています。 (この最後の点については下記を参考にしてください) https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14246708179

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神の力を示すためです。 神は少数ではあっても従順な人を引き出すことができます。 その少数の人たちが、 大多数の不義な人たちに飲み込まれて消滅しないよう守ることができます。 少数の民から大きな民を作り出すことができます。 神の意志をその少数で弱い民を用いて成就させることができます。 その神の意志を成し遂げることは 実際には神の後ろ盾なしには 数の多くて力の強そうな民であっても 成し遂げることはできません。

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それは神を騙る一部の選民思想をもった愚かな人間の戯言です。神は一人ひとりの心の拠り所なのですから。

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古代イスラエル人は、 世界最古と考えられる強大な王権国家を築き上げた エジプト地域とメソポタミア(アッシリア・新バビロニア)地域の 間に挟まれた、小さな弱小民族として存在していました。 ユダヤ教の聖書(キリスト教の旧約聖書)は しばしばこのエジプトとメソポタミアの諸国とその神々を 彼らを脅かす敵として記述しています。 古代イスラエル人は自分たちの神を エジプトやメソポタミアの王権国家の王とよく似て、 それらに対抗する、理想化された「絶対的支配者・軍神」としての 性格を持たせました。 旧約聖書が、旧約聖書より古い古代イスラエル人の書である 『ヤハヴェの戦いの書』を引用しているのも、 そのことを示しているでしょう。 その神はなぜ「最強の王者」としての性格を持つようになったのか。 なぜそのことが特に強調されるのか。 それは、長い間エジプトとメソポタミアそして後のローマ帝国などの 強国に囲まれて、翻弄され続けてきた弱小民族の立場がそうさせた のだと思われます。 今、虐げられている自分たちを救ってくれる本当に強い王がいる、 やがてその王が支配者となって、わたしたちの敵を滅ぼしてくれる、 という強い願いです。 彼らにとって、「王」=「救い主」=メシア=キリスト、なのです。 旧約聖書では、例えば、イスラエル人をバビロニアから解放した ペルシャの王キュロスが「メシア」と呼ばれています。 元々メシア(キリスト)とは イスラエルを敵から解放する役目を与えられている人物なのです。 新バビロニアは、BC539年に、キュロス王の率いるペルシャに滅ぼされ ユダヤ人たちは解放されたからです。