日本史の宗教についての質問です。8世紀では顕教9世紀では密教という宗教がありますが、何故顕教から密教に変わったんでしょうか?簡潔に教えて欲しいです。回答よろしくお願いしますm(_ _)m

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情報のアップデートを行ったのです。 日本の仏教は中国を本場とみなして、そこから情報を入れていました。 明日香の仏教は百済や新羅経由でしたが、奈良時代は隋から多くの宗派が入って来て、さらに唐になると玄奘三蔵も登場し国家的に仏教を保護し、格段に盛んになりました。 単に経典や戒律の研究ではなくて、それを使った修行を通して実際に悟りに至ろうとする「密教」が登場。それまでの仏教が小中高の教科書学習だとすれば、密教は実験や演習を伴う大学の勉強のようなものです。 日本でも遣唐使を通じて最新の仏教にアップデートしたわけです。 日本ではさらに鎌倉時代にも「禅宗」という最新仏教にアップデートしています。

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奈良仏教は、呪術や葬儀や埋葬や檀家などの文化がありません。 やがて密教が伝来すると、呪術や葬儀や埋葬や檀家もOKで、空海に至っては、 土木、書道、医学、薬学、治水学、鉱学などの達人でもあり、非常に脚光を浴び、密教開花の時代を迎えました。 ちなみに現代の奈良仏教各派にも、呪術や葬儀や埋葬や檀家などの文化がありません。

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当時の日本仏教全体が、顕教から密教に変わったのではなく、空海が唐から持ち帰った密教が一時的に人気になったというだけで、顕教がなくなったわけではありません(今でも、真言宗と天台宗(の一部)以外の仏教は、密教ではないので顕教という扱いになります)。 なぜ密教がそんなに持てはやされたかというと、仏教がインドで歴史的に発達を遂げた形が密教で、その分だけ哲学的にも高度な教えとされたことと、密教では護摩を焚いて印を結び、陀羅尼(一種の呪文)を唱えたりしますが、当時の日本では、従来の仏教よりも強力なマジカルパワーがあると期待されたためでしょう。ちなみに、空海も雨乞いの祈祷を行ったことがあるほか、後世には密教僧が天皇の病気平癒の祈祷を行ったりしています。