私の実家は、九州の田舎です。戦前は、地域を治める大地主だったのですが、農地改革で没落し、戦後は極貧の時期がありました。

補足

皆様、ご回答ありがとうございます。 でも、どうも、私の真意が伝わっていないようです。 私は、阿弥陀如来、観音菩薩、地蔵菩薩などの仏には、親しみを感じています。信仰が好きなのです。でも、先祖は嫌いなのです。手を合わせたくないのです。仏は好きだが先祖は嫌い。ここのところに、私の希少性を感じ取ってほしいのです。同じ希少性を持った人はいませんかと、問うているだけなのです。

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お寺に行く・・・お墓に行く、てことですね。 もしそうならそれでいい。 お墓に毎日行けないから、代わり仏壇(位牌)に手を合わせるのですから。

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時の移り変わりとは そう言うものです。我が家は桓武平氏の流れです。平安時代に分家、その後鎌倉幕府の御家人、奥羽地方に城を持ち、戦国時代に戦いに負け、一族は 山口県、北部九州に逃げてきました。江戸時代は百姓(豊前小笠原家領地では、庄屋制度は無く、手長 大百姓、中百姓、百姓、小作)で小作人を沢山使っていました。今でも家から見える範囲は全て我が家の地でした。 よく母が昔 小作人虐めたから、今は苦労していると言って居ました。 別に寺に行かなくても、仏壇に参らなくても、先祖を想い手を合わせて、 感謝と冥福をお祈りすれば、心は伝わります。 墓は抜け殻、寺は金儲けの処です。仏さまは居ないけど、先祖の魂はいます。

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