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2021/9/19 17:33

1616回答

なぜ古典を勉強するのでしょうか?数ある教科の中で断トツで要らなくないですか?なぜ国語の中に古典がありそれが必修なのか教えて頂きたいです。

文学、古典 | 日本語2,914閲覧

回答(16件)

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ものすごく雑に言うと、「入場券」ですよ。受験で使うという意味ではありません。人生におけるさまざまな場面で。

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必修なのは文部科学省やら学校やらが決めたからです。理由はホームページなどで確認して主が納得すればOKです。 なお人生において学問は必修でも必須でもないです。

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暇な年金生活になったらボケ防止になるから、80歳年金生活になったら古典でも勉強すれば間に合うよ。 無駄な時間浪費をしたい人向けだな。 古典なんて試験に無関係だよ。漢字6500程度の意味を完全理解する必要性が無いのが現代だしな。 9800円の自動翻訳機を買えば済む問題。 浮いた時間で物理学でも習得した方が優雅に暮らせる。

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学習塾で古典を教えています。 古典自体は大人になってからまったく必要はありません。 私自身も実際に活用した例は、神道のお葬式の時に、亡くなった方の人生を古典の文章を使って読み上げるのですが、その時に聞いていて、その方の人生の歩みを全部理解できたぐらいです。 ですが、古典をやっていて良いことが3つあります。 極端に言うと、古典のできる方は世の中に出てからも活躍できるポイントが3つあります。 理由としては ■1、文法はルールの塊。脳が鍛えられる。 古典の文法はルールの塊で、数秒でそれを出せるかのトレーニングになります。 やっていない方はどれだけ考えても出てこないのですが、やっていると数秒で解ける問題が多くなります。 そして世の中に出ると多くのルールが存在します。そしてルールを覚えているほうが明らかに有利で、意見も言いやすいのです。 町内会のルール、会社のルール、営業のルール、ゲームのルール。仕様といってもよいでしょう。 これを覚える脳を鍛えている人が社会で不利になることはあまりありません。あとはどう使うかにもよりますが、とにかくこの引き出しが多くなります。 ■2、話が途中から始まっており、前後の推理や背景の知識が必要。 古典の文章は基本的に途中から始まっています。ドラマで言えば第5話や8話からいきなり見ているようなものです。意味がわからなくて当然なのです。 ですが、この時代背景や人物の立場、状況などを含めて推理し、答えを導き出します。 私は古典の文章を解く際に「どの時代の文章か」を必ず意識させますが、これは時代背景やどの時代の単語かを意識してもらうためです。 答えが安直ではなく、時代背景や人物背景を考えていくのは、今の時代でも重要な考え方になります。 私たちが今後出会う人はたくさんいます。 ですが、その人が生まれてからの人生をずっと知っているわけはありません。しかし、その人の言葉や行動を考えていくと、今までにどのような経験をしてきたのかは想像することができます。 時代、年齢、家庭環境、その他もろもろが言動に現れてくるわけです。 これが想像できるのは人間関係を円滑にするのにも役に立ちます。 ■3、教養の宝庫。教養が増える。 当然ですが、多くの言葉の語源、現代の言葉のもとになる文法、慣習や時代の知識、和歌や風流などの教養など、古典を覚えていると自然と増えてくる知識は多くなってきます。 これはその人自身を輝かせる大元にもなりますし、やはり教養があると話にも説得力が出てきます。 以上の3点から、私自身は古典をやっておいても損はないと思いますし、1日や1週間で得られる知識ではないですから、他の方々との大きな差になってくると考えています。 実は多くの生徒を見ていると学校のテストで「古典だけできる」「古典だけ得意」という人が本当にいないことに気が付きます。 古典ができる人というのは、実は脳がうまく使えているので、他のテストでもかなり要領よく解いていっていることが多いのです。 古典を無理に好きになってほしいとは言いませんが、自分という人間を高めるためにも一度本気で古典をやってみても良いと思います。 できるようになってくると、古典を日本語と同じぐらいのスピードで意味がわかり、読めている自分がおかしくなって、思わず笑えてしまえます。 世の中には本当に必要ないもの、実際にそうであるもの、そうであると思いたいもの、惰性として残ってしまっているもの、多くのものがたくさんあります。 ですが、なぜ残っているのか、本当に必要ないのか、というのは考えてみてもよいかもしれません。 本当は大切なものを見失っているだけなのかもしれませんよ。

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はい、断トツで要らないと思います。しかし長らく必修科目であるため古典教育の確立された地盤があり、そして教員などそれによって収入を得て生活している人が大勢居る以上、仕方がないです。 例えば今、学校組織が完全にまっさらな状態で、これから日本の中高生が学ぶ大筋の必修カリキュラムを自由に組む、ということを想像してみれば、数学・英語・現国・物理化学・地理歴史はともかくとしても、プログラミングや政治経済などを差し置いて古文・漢文を必修にするべきだと考える人はさすがにあまり居ないでしょう。しかし、実際には保守的な学校組織が存在していて、そのリソースに基づいて学校教育は行われます。凝り固まった仕組みや考え方を大きく変えるということは大変なエネルギーが必要なことで、普通起こりません。