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2021/9/22 14:43

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キヤノンがF-1を開発する切っ掛けは社長を取材に来たカメラマンが全員ニコンだったからと言います。キヤノンはニコンへの対抗心が今も強いのですか。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

クラカメブームの頃に何かで読みました。社長がニコンに対抗したカメラを作るように命令したとか。それでF-1が誕生した云々。

お礼日時:9/24 21:29

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ここ最近迄は両社ライバルでしたね。今は正直キヤノンはニコンは見てないと思う。ソニーに対抗剥き出しにしてるよ。R5、R6、R3と全部ソニー対抗になっている。ニコンも同様にソニー対抗になっている。一眼時代の話でしょう。確か1975年にエリザベス女王がキヤノン下丸子工場見学に来られた際に取材人殆どニコンだったんじゃなかったかな。F-1は既にあったけど屈辱だったんじゃないかな。

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それはそれ、全くやり取りが無いわけではないはずです。でないと、バッテリーやアクセサリーの共通化等出来ませんし、キヤノンを辞めてニコンに行く方もおられたし、逆も。以前、キャノンから修理会社に移って来た方(nFDをやった方)に面倒観て頂いてる時、小田急沿線の居酒屋で交流してたでしょうと言うと、否定しませんでした。根本は資材(購買)製造(特許権、意匠権)が絡むし、キヤノン以外は三菱商事、日立物流絡み。ペトリが解散した後、ペトリで活躍されていた方が各メーカーに行き、メーカー修理代行店を営んだりされた方活躍されたので、人を介して全部付きあえますね。今70前後の方。雑誌に出るニコンの修理会社の人もね。

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キヤノンは1959年のキヤノンフレックスで躓いてから試行錯誤が続き、66年にFTを発売して取り敢えず一眼レフで常識的で一般受けする機種を発売してから、次期高級機の設計に取り掛かっています。当然ニコンFを意識をしていたのは確かですが、それだけでは無いのです。 全員ニコンFってのは、エリザベス女王が来日した時の海外の報道陣の話なのでは?それは70年代の話で、既にF-1が発売された後の話です。