空母赤城は何故三段甲板をやめたのですか?

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ありがとうございます。

お礼日時:10/13 8:23

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七試艦上戦闘機、七式艦上攻撃機の競争試作の結果、 現状の赤城で運用できる機体では、性能不足でどうにもならないことが解ったから。 九試艦上戦闘機、の試作はせず、 九試単座戦闘機として試作を指せる、一方、 出来る飛行機に合わせた、改造を行った。 1.飛行甲板の延長 2.石炭を燃やせる、混焼缶の廃止 3.搭載機数の増加 は、オマケ。 石油を節約するために、石炭も燃やす、混焼缶は、 黒い煙が出るので、発艦や着艦の時は使えなかったが、 発艦するときの滑走距離を短くするには、 速力を上げなければならなかった。

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三段空母の理想は、発着艦同時にできる事でした。 ところが、砲撃戦を想定したため、下段甲板の前方端に20センチ砲を置いたせいで、就航してみたものの、下段で運用すると翼が引っ掛かって使えませんでした。 何故砲撃戦を想定したかと言うと、当時の空母は大戦時の集中運用方式ではなく、砲撃戦時の弾着観測を援護する制空空母だったからです。敵の弾着観測機をつぶしつつ、味方の弾着観測機を守る訳です。まあ、加賀は要塞攻略戦にも参加していますが。 それでも、二段空母としてしばらくは運用しました。 最初期は複葉機で、離陸距離も短かったので運用出来ましたが、ちょうど航空機の性能がどんどん上がる時期であったため、発艦速度があがり、距離が必要になっていきました。それに伴い艦載機も大型化、そうなってくると今度は大型化したために艦載機数が減少してしまいました。最上段の甲板が短いために事故も増えていきます。 このような経緯から、中段と下段をつぶして格納庫に、そして上段甲板を延長して余裕をもって発艦できるようにと、全通甲板仕様になっていったのです。

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赤城・加賀の三段式甲板を試してみたら、実際には全く運用できなかった。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%B3%80_(%E7%A9%BA%E6%AF%8D)#.E4.B8.89.E6.AE.B5.E5.BC.8F.E7.94.B2.E6.9D.BF 航空機の草創期に設計されたため、運用の実際や航空機の大型化を予測しきれず、数々の問題が浮上する事となった。問題と成ったのは発着用飛行甲板の短さであり、特に中段の甲板で顕著に表れ、ここから艦上機が運用上で発艦することは出来なかった。飛行甲板と船体に挟まれた艦橋からは搭載機の発艦・着艦統制が難しく…煙突の配置も問題となった。 航続距離が短い複葉機の時代は直ぐに終わり、急速に進歩を遂げる高性能の艦載機の登場に、短い飛行甲板では運用できなかった。赤トンボ的な複葉機がパタパタ飛ぶ時代はアッと言う間に終わりを告げ、全通甲板でなければ運用できなかった。

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飛行機の重量が増大し更に機体が大型化した為に長い飛行甲板が必要になったからです。