零戦や紫電改は当時の世界から見ても優れた航空機だったのでしょうか? 知っている人がいましたら、詳しい解説をお願いします。

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【 紫電改 】 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%AB%E9%9B%BB%E6%94%B9 ※ 戦後、米空軍の試験で、紫電改に100オクタン燃料を使って飛行した結果、速力はどの米戦闘機にも劣らず、機銃威力は一番強いと紹介された。昭和26年に来日した米空軍将校団の中にアメリカで紫電改をテストした中佐がおり「ライトフィールドで紫電改に乗って、米空軍の戦闘機と空戦演習をやってみた。 どの米戦闘機も紫電改に勝てなかった」と評した。 自動空戦フラップで格闘戦も一撃離脱も「甲乙戦」共に戦えた万能戦闘機 CG動画:343空【紫電改】 最後の闘い! ❶ http://www.youtube.com/watch?v=UrN9ECPJ6Gchttp://www.youtube.com/watch?v=FJMLVM4LcEs

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零戦はF4Fの防弾を苦にしてしまうほど火力が貧弱なんで。 兵器は戦術の一要素に過ぎません。零戦は足の長い太平洋で爆撃機の護衛が出来たのですから、その意味では間違いなく名機です。しかし単純にF4Fと零戦、どちらが優れているでしょう、みたいな比較をすると間違いなくF4Fに軍配を上げざるを得ません。ましてやF6F相手だと。。。 紫電改は零戦のダメダメな部分を全部直していますから、かなりマシですね。それでもF6Fよりダメです。というのは、エンジンがF6Fに負けているから。誉エンジンが当初の触れ込み通り2000馬力級エンジンだったらF6Fに勝てました。しかし実際は1500馬力級エンジンだったんで。

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実戦経験パイロットも多く、 そこに支えられた感はある。 時代的には格闘戦よりも高速をってな時代に 微妙な戦闘機ではあった。 しかし、航続力に関しては当時としては逸脱してた (同時に、パイロットにゃ過酷な長時間飛行を( ゚д゚)ハッ!)。 確かに日本にしては凄い戦闘機であり、 逸話としてはデビュー戦では敵全機撃墜としてる (実際は確かに優勢ではあったのだが、誇張だ)。 対アメリカに対しても、当初は実戦慣れしてない 米軍機を翻弄したのは確かだ。 尚、「零戦と雷雲は避けてよし」という逸話は そういう部隊が居たってだけで、アメリカ軍中枢で 発令した話では無いそうなので、誇張と考えていいだろう。 紫電改…これは相当な誇張がある。 ぃゃ、日本機としては優れてた方でもあったけども.。oO 三四三空の、生き残りベテランをかき集めた部隊が 伝説的に活躍したっぽく語られただけの話だ。 エンジンがな、まぁ日本の事情的に生産やメンテナンスが 厳しいモノだったようで(且つ、ややっこしいんだが 同系とされる仕様違いの…先に採用された陸軍疾風の 方が実用的だった云々な話もある。 が、メンテナンス問題…飛べない「疾風」より「隼」の 方がマシだという悲観な声もあったとか無かったとか)ある。 まぁ紫電改の、自動空戦フラップってのは興味深い (パイロットによっては不快な、ってな話はあるが)けども… まぁ多少は活躍した最後の徒花程度なものであろう。 特段、革新的とまでは言えないレベルだったと想える (ドイツ機は、結構戦後アメリカに残存機持ってれ 研究対象だが、日本機は(¬з¬).。oO)。 ただ、日本機としては 少数精鋭集中的な採用だったからとも言えるが、 無線の具合も良かったので連携も日本機にしては良かったらしい (逆説的に言えば、日本機は…色々問題あって 無線機は戦闘機では飛行中に雑音多すぎ使い物にならなかった ってな話もあるが)。 しょっぽクン

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「最初」は、世界最強だっただろうね。 日米開戦当初は、欧米諸国は、 「ゼロファイターを見たら逃げろ!」 が標語だった。 だけど、1~2年で抜かれ、終戦間際は、役に立たない代物、になった。 だから、戦ってもムダだから、特攻隊(体当たり作戦)を行ったのだね。 最初は、世界No.1だが、1~2年で抜かれる、というのが日本の特徴、だね。