織田信長は無神論と言われてますが、実際には信仰はあったと思うのですが。

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他の回答者様で「是が非でも織田信長を無神論者・無信仰」とするために・・・ 『戦勝祈願をしたのは、兵の士気を高めるための儀式ですし、伊勢神宮の修復も、自分の経済力を固辞して、政権の求心力を高めるという目的とも考えられます。』 『唯一無二、天皇(現人神)を廃して自身が天皇に代わる存在になろうとした。なので、信仰していたのではなく、現人神とはどのような存在か、ここを知ろうとした。』 などなど史料に無いことを書かれている方々が居ますが・・・それは「妄想」であって「史実」では無いです。

その他の回答(6件)

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神や仏を恐れない、という点では、 無神論者に近い感覚の持ち主だったと言えます。 よく、熱田神宮に戦勝祈願をしたとか、 伊勢神宮の修復に莫大な寄進をしたから、 神道を信じていたという意見もありますが、 戦勝祈願をしたのは、兵の士気を高めるための儀式ですし、 伊勢神宮の修復も、自分の経済力を固辞して、 政権の求心力を高めるという目的とも考えられます。 信長は、キリスト教の教理に深い関心があったし、 日蓮宗や浄土宗の僧侶を集めて、宗論という討論会を、 度々行っているので、学問・道徳としての宗教の存在は、 十分理解し、認めていたと考えられます。 ただ、実証主義で、科学的思考の好きな信長は、 迷信や天罰といったものは信じていないから、 宗教の持つ非合理な権威主義は、徹底的に否定したのです。

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唯一無二、 天皇(現人神)を廃して自身が天皇に代わる存在になろうとした。 なので、 信仰していたのではなく、現人神とはどのような存在か、ここを知ろうとした。 という事ではないかと思います。

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熱田大明神の御加護のあるしるし そういう事を言ったとの話もある。 比叡山焼き討ち云々が、神(まぁこの場合は仏か)をも 恐れぬってイメージが強まったのかもしれないが、 比叡山は、仏の名を元に…かなり堕落してた (且つ、権威をバックにした一大勢力でもあったようで 目に余ったと写ったのかもしれない)らしいからねぇ。 無論、ハッタリな側面もあったろうが(派手好きな イメージも相まって)第六天魔王(って、要は何だ?)を 名乗る位だ。 逆説的に、何の信仰心も無いならそんな魔王だのも 言う理由にゃならんってな解釈も出来よう。 現在の日本人の多くは、新興宗教信者は別として 基本、特定の信心を抱かない(その代わりと言っちゃ 何だが年始にゃ拝む、墓参りだとかクリスマスやハロウィン 年末にゃゴ~ンと鐘突いてたり( ̄ー ̄)ニヤリ… 節操が無いとさえ言われもするが、なぁ~に 元々八百万の神信仰♪)。 しょっぽクン

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一向宗(仏教徒)を敵に回し、 キリスト教徒への改宗は拒否しています(>_<) 唯一、熱田神宮に戦勝祈願をしたくらいですので、 信じた(利用した)とすれば「日本神道」でしょうか(^^)

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桶狭間の戦いの前に熱田神宮で戦勝祈願を行っていますので無神論者というのはデタラメです。