カトリックが多神教のような気がします。 あくまでも個人的なイメージです。 ローマ教皇やカトリック教徒から叱責されますか?

補足

旧約聖書にも 「我々」「神の神聖な会議」「神々」があるので ユダヤ教も多神教的な要素はあるでしょう。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さん有難うございました。

お礼日時:10/28 17:35

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そうです。キリスト教の成り立ちを見ればそれが見えます。 キリスト教は1世紀の古代ローマ帝国内で興ったのはご存知のとおり。最初に弟子達とパウロが別々にキリスト信仰を立てていった。パウロは民族を問わずユダヤ人でもギリシャ人でも信徒になれると、割礼の壁を越えさせた。これがAD50年頃。 もともとローマ帝国は多民族多宗教の国家だから宗教はたくさんあった。そして1世紀にはグノーシスと呼ばれることになる新興宗教もこの地中海世界で興きてきた。さらに1世紀にはユダヤ教の大事件が起こったーーエルサレムの崩壊(AD70年)だ。この大事件でユダヤ人共同体とユダヤ教は間違いなく大ダメージを受けた。 それでも生き残りのユダヤ教指導者らは正典を整備(ヤムニア会議)して存続の強い意志を示した。キリスト教は2世紀半ばを過ぎて正典の必要から編纂の議論に入った。なぜ必要になったか。環境はグノーシスの闊歩だ。その信仰の構成要素はヘブライの神とヘレニズムの神をパーツとして取り入れていたから、いきおいキリスト教にも影響を及ぼす…どころではなかった。 その時大きな仕事をしたのがエウレナイオスで、救いの経綸は最初の創造から最後の救いまで一貫して唯一の神でなければならない、とした。弱体したユダヤの神を唯一と強弁するにはグノーシス異端をなんとしても排除したい、そのために殊更に唯一の神を強調することになった。グノーシスでは神格が階梯を成して存在し、ヤハウェは至高の神よりも数段落ちる劣位の神に位置づけられていた(しかして創造神ではあった)。 キリスト教の正典たる新約聖書の編纂は、第一にこのグノーシスに勝てるかが一大事だった。だからそれに見合う文書を選ぶだけではなく、4福音書を容れたように教団の多数派工作をしたあとが見えるのだ。 そしてグノーシスが難しい「認識」による自己と神の本質への到達という、ムズカしいことだったのに対し、キリスト教は唯一の神を信じるのみという単純で簡単な教えで人を集め、結果的にこの ‘愚民化’ が成功に奏功した。 だから唯一神が真理だなどというのは、勝った官軍のあとづけもいいところ。そして人間の信仰心は唯一神になじまないから、カトリックは何百という聖人を認定することになる。信者はそれぞれ守護聖人に思いを寄せているのを見れば実質多神教としてカトリックは存在していると言ってまちがいではないだろう。

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そもそも、ローマの神話が多神教ですからね。 一神教と言えど、人の考えは一気には変わりません。 なので、神では無いが、「聖人」とし、人を立てます…でも悪罵で「人」の様です。

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はい、あなたのおっしゃる通りです。 実際イエスも『10:34イエスは彼らに答えられた、「あなたがたの律法に、『わたしは言う、あなたがたは神々である』と書いてあるではないか。 10:35神の言を託された人々が、神々といわれておるとすれば、(そして聖書の言は、すたることがあり得ない) 10:36父が聖別して、世につかわされた者が、『わたしは神の子である』と言ったからとて、どうして『あなたは神を汚す者だ』と言うのか。』 (ヨハネによる福音)と言っています。 イエスは別にキリスト教を作ったわけではない。ユダヤ教を正そうとしただけです。それをユダヤ教が受け入れなかったからやがて周囲の人々にキリスト教徒と呼ばれるようになった(使徒行録)だけの話。 そして神という語句にはもともと中国で作られ「天界に住む人」「偉人」という意味でした。だからキリスト教で言えば創造主も天使もイエスの弟子らも悪魔さえも神の範疇です。 一神教なんて呼び方は頭の悪い不勉強な学者が創り出したデタラメな定義でしかないんです。