古典を読んでいると、男性でも何かと「感激して涙した」とか「有難くて涙した」というような表現出てきて、ふと疑問に思ったのですが 昔の日本人はかなり涙もろかったのでしょうか。 それとも比喩だと思いますか?

文学、古典 | 日本史1,093閲覧

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

有難うございます。とても納得できました。 なんでこの人たち何かっちゃー、泣くのかなと思ったのですが、そういう訳だったのですね。 泣くのを我慢するのも大変んだけど、泣かないとこの人知性ゼロ・・・と思われる文化もキツイですね。 そして確かに、意味も無く涙してたら、何か奥深い事考えてそうではありますね。理解が深まりました。^^

お礼日時:2021/12/6 20:43

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「(日本男性が)泣かないのが美徳」 「(男女とも)人前で泣くのは恥ずかしい」 となったのは、江戸時代以降、武士の教え、考えからです。 それ以前の文献には、男性でも心の赴くままに涙を流しています。 今の暮らしの中でも礼儀作法や男女差の考え方などに武家社会 の教えが、色濃く残っているものが多くあります。 「昔からこうだった」というのは、案外歴史の浅いものです。

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新ヘンヘン娘と新ミュンヘン娘って、どっちが本物なの?

質問者殿 以下の枕草子の一文が参考とらむ。 ・原文:あはれなることなど、人の言ひ出で、うち泣きなどするに、げにいとあはれなりなど聞きながら、涙のつと出て来ぬ、いとはしたなし。泣き顔つくり、気色異になせど、いと甲斐なし。 ・訳文:悲しいことなど人が話し出して泣いたりするのに、ほんにかわいそうなことだとは聞いて思いながら、即座に涙が出て来ないのは、ひどく間の悪いものだ。泣き顔を作って、悲しそうな様子をよそおっても、どうにもならない。

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【男性でも】と思った自分の固定観念(男はむやみに泣かない)にまずは気づくべきです それが古典を学習する意義の一つです

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今と違ってですね、テレビもラジオもないんですよ。雑誌も新聞もない。インターネットなんてもちろんない。本だって手書きで写さないとだめ。要するに情報源が他人との会話だけです。だから感動が大きかったんです。今の人は映画やドラマや新聞のニュースで色んな情報がありますね。当時はちょっとしたことが刺激的で感動的だったんです。今の人は鈍感なったけど。BA頂戴ね。

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私の偽物が現れた。言っていることが逆ですね。当時の人は感受性が豊かだったんです。だから感激して泣かないような人は鈍いと思われました。格好つけて泣いていると思うのは現代人の感覚だね。