ヤフコメのAIによる規制に対して「言論統制だ!

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ありがとうございます。

お礼日時:2021/12/1 23:55

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ID非公開

2021/11/30 14:37

元放送局員です。 全くその通りです。ズバリそのご指摘の通りの最高裁判決があり、議論の余地がないことから、以下、余計なことを述べます。 全てのインターネットの公開掲示板の運営者は「編集権」を持っていて、完全に一方的な判断で「ボツ」にすることができます。単にその権利を行使するだけのことです。それは「公開掲示板運営者の」「表現の自由」のひとつであり、「言論統制」という、法的に正式な、当てはまらない言葉をもって公開掲示板の運営者を公開の場で名指しで批判することは「逆に」、明確に「公開掲示板運営者の」「表現の自由」を侵害する不法行為となります。 今、いわゆる誹謗中傷、刑事訴訟、民事訴訟においても逆提訴の逆勝訴が多くなってきていますが、それぞれの判決内容を観るに、どれもこれも結局のところは、自分の持っている表現の自由と同じ表現の自由を相手も持っているということを理解していないからこうなったと言わざるを得ません。 実は難しいことは何もなくて、「日本の場合」、まあ、これが「日本だけ」になっていることから、これに対する改善を権力に対して継続して求めていくことは必要なことですが、 公開の場での表現に求められること(法によって制限されること)は、 その表現が「みんなのためになる」ものであること、それが特定の者を名指ししての批判となる場合には、これに加えて「その表現内容の全てが真実であること」「だけ」です。 「みんなのためになるか」は、厳密には主観的にも客観的にもそうだとならなければなりませんが、まあそれは、言ってしまえば現実に訴訟となったときなどで、それ以外では、表現者の主観が絶対的に支配し、例えばヤフコメには、投稿者と管理者の2つの主観があり、その2つの主観が一致しない限り、「みんなのためになる」とはなりません。 この知恵袋でも同じで、「みんなのためになる」と「投稿者自らが信じて」、十分に注意して投稿しても、管理者の主観との一致がなければ駄目であり、そしてどちらの主観が優先されるのかは、当たり前に、公開の場を提供している管理者のほうであって、一方的に「ボツ」となるだけです。 これに対して投稿者は媒体を自由に選ぶことができます。これは投稿者の持つ絶対不可侵な表現の自由のひとつです。 つまり、例えば「その「ボツ」はないんじゃないの?」となれば、投稿者はその媒体を捨てれば良いだけのこと。代わりの媒体はいくらでもあります。しかし「現実問題として」、媒体同士の競争があり、利用者を減らしてしまう「自分勝手な主張」は「自殺行為」ですからしません。だから、どこかで「ボツ」になったものは大体は他でもやはり「ボツ」になります。 一度、ジャーナリストとなった者は、困ったことに死ぬまでジャーナリストです。 だから例えば私の投稿は、「日本の表現の自由に関する一考察」とでもタイトルを付けるべきものが多くて、「ギリギリの表現」になる、つまり時に「不適切とされる単語」を使わざるを得ないこともあることから、この知恵袋でも「ボツ」となったものがいくつかありますが、それは全て不法な表現ではない、ごく単純に2者の主観が一致しなかっただけのものですから、「ありゃ、そうなったか。」で終わっています。 つまり、「ギリギリの表現」は、そもそもAIの苦手とするところで仕方がないし、AIを使う、使わない、すなわちAIによる編集権を行使するしないは管理者の表現の自由であって絶対不可侵なところ、ならば、多少の不満はあっても「表現全体としてわかれば良い」わけだから、別の単語で言いかえて投稿するか、その多少の不満が我慢できないのであれば、投稿しない。それだけのことであるからです。 まあでも、日本のいわゆるオールドメディアに社会的、道義的な責任があると感じることは、自分たちが権力と争ってきた数々を、片っ端から非公開としてきたことです。マスコミも一般個人も全く同じ、平等な「表現の自由」であり、当然に平等に「表現の責任」です。特に放送は、国民から電波という共通の財産をお預かりしてやっていることですし・・・ 今のオールドメディアでの「表現の自由」の争いと、一般のインターネット上での争いには雲泥の差があり、今のインターネット上での争いは、事実としてオールドメディアが過去、すなわち「表現の自由」の「駆け出し」の頃である、概ね1950年~1960年の「幼稚な争い」「そのもの」ばかりです。ゆえにとうに決着のついていることばかりで、裁判はどれもこれも、ほぼ即決です。この事態を招いたのは、過去の自分たちのそれをちゃんとわかりやすく、不特定多数の人に伝えてこなかったオールドメディアの責任であると感じています。

ID非公開

2021/11/30 15:16

>そもそもなんですが、色々な意見(それは例え薄汚い発言であっても)それがネットの公平性だと私は思います。全部受け入れてこその公平なのではと思います。 そうなんです。インターネットは「国際通信」あるいは「国際放送」であるため、今や「日本だけ」の、公開の場での表現規制というのは世界におくれをとるばかりとなっていることから、今のオールドメディアと権力との争いはここになっています。そういうこともちゃんと公開しないから、自分たちがボロカスに言われるだけになっている・・・ 世界の表現規制は、少し難しいですが「明白かつ現在の危険」であり、例えば、表現者および被表現者個人に対する危害を認めないというもの。ズバリ、「みんなが全部受け入れてこその公平」。ここに「みんなのためになるか」=「みんなの「利益」となるか」はありません。日本のそれはよって「利益衡量主義」といいます。

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そもそもなんですが 色々な意見(それは例え薄汚い発言であっても) それがネットの公平性だと私は思います 全部受け入れてこその公平なのではと思います 個人に直接、罵詈雑言(例えばSNSで直接やるわけではないでしょ?) それこそがネットでの意見交換だと私は思います それを一方的に、これは駄目だと言うのは ファシズムに通じる物を感じますね

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企業の支配者が勝手に決めてているという意味に解釈すれば同じですよね?

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ひろゆきさんが此処来たら、発動しまくられるんでは?

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