夫が南無妙法蓮華を唱える宗教です。 (名前が分からずすみません) 長文になります。

家族関係の悩み | 宗教609閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">50

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おっしゃる通りだと感じました。 夫の選択も今後の娘の選択も、全く止めるつもりはありません。その中で、私の価値観は夫とは違うものなんだ、ということを再確認したところです。 ご丁寧にありがとうございました。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

主人に想いを伝えることができました。 今後どうなっていくかわかりませんが、想いを伝えられて心からよかったと思っています。 お力いただきまして、本当にありがとうございました。

お礼日時:2021/12/2 0:35

その他の回答(6件)

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お手ての手と手を合わせて幸せ❗ 南~無~❕妙法蓮華経❗❗ ★大変失礼ながら最高の題目❬南無妙法蓮華経❭でも宗派に依りピンキリが有るのは事実の様です。 【○○学会、○○会、○○宗、○○○宗など】 さて、これぞ洗脳と云える ❬国家神道 =天照大神を拝めば大日本帝国は必ず勝つ❗❭ と軍部 が過ちを犯した第二次世界大戦後、我が日本はG.H.Qに依り今日迄、信教の自由であり、例え親兄弟、夫婦であっても宗教は個人の自由であります❗ ★参考★ 講師:京都府立医科大学名誉教授 棚次正和 先生 【人はなぜ祈るのか】 手を合わせるという行為は合掌するともいいますが、これには衆生と仏のような二元的な対立を解消し統一するという意味があると思われます。一説によると、手のひらから生命エネルギーが出ているともいわれ、右手からは右回りのエネルギー、左手からは左回りのエネルギーが出ています。そして、エネルギーには男性性と女性性があり、右回りであれ、左回りであれ中心から広がっていく拡張性としての男性性エネルギーと中心へと収縮していく女性性の生命エネルギーが出ているというのです。 【なぜ人は祈るのか】という問いへの答えは人は祈らずにはいられないということと、理由などなしに自然本性として祈るということの二つがあります。後者が私の答えです。では、何故に人は祈らずにはいられないのでしょうか? それは人が弱い存在と思われているからです。困ったとき助けてもらいたい時は絶対的な力をもっている神さまや仏さまに助けを求めるほかはないという理解の仕方です。 ⇒他力本願、自力本願へ通ず 私たちが生きていくなかで苦しみはつきまとってくるものです。⇒抜苦与楽の教え ☆オマケ☆ 手のシワとシワを合わせ、シワわせに にゃ~む~

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結婚の時、必ず確認しておかなきゃいけないこと。 人柄 宗教、傾倒した政治思想 借金 病歴 前科 家柄 宗教はこの中でも前科と遜色ない程大きなリスクです。 早い話、相手と自分とで価値観に大きな隔たりがあると上手くいきません。 結婚前、徹底的に調べておく事だと思います。 高校時代、カトリックの友達の家にお邪魔した時、御家族が食事を出してくれましたが、食事前にお祈りが始まってかなり困惑した記憶があります。 多分、敬虔なカトリック信者としてはごく標準的な家庭であったに違いありません。 つまり、生い立ちや価値観なんて人により違うのです。 宗教信条を相手が押し付けるか否か、これが重要です。 押し付けない宗教なら趣味と同じで、その人の自由です。 子供に無理矢理やらせたりするなら、それは止めるべきだと思います。 そうじゃないなら「気持ち悪い」と言う貴方の主観のみで判断するのは失礼なことです。 望んでなったかは分かりませんが、相手はその環境を自然だと思って育ってきたのでしょう。 それを「気持ち悪いから」と言う理由で「何とかしたい」とするのは、貴方の押しつけであり、相手の生き方それ自体の否定でもあります。 それこそ、人に何かを押し付けないなら、犯罪以外はどんな奇妙な事でも、家族であっても無理矢理辞めさせる権利なんて無いと思います。 今は多様性の時代。 「周囲と違う」と言う理由で、嫌悪感を示して「周囲と同じことをさせる」と言う強要があるなら、もはや人権侵害と言えます。 ただし、お子さんの影響はよく考えるべきです。 他の子と違う奇妙な儀式を信じ込むことで学校で除け者にされたり、いじめられる危険性があるからです。 ここは綺麗事では対処出来ない部分です。 ご主人の信仰の影響でその何処ぞの南無妙法蓮華経の教えをお子さんが信じるなら、人前でそれを見せないようにさせないとダメです。

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子どもへの影響、本当にそれが1番の怖いところです。無理矢理ではなく、話し合い尊重したい、しかし子どものことでの影響のことなど話し合えたらと思います。 ありがとうございました。

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私も題目を唱えるお寺の信者です。御僧侶が居られるなら、(教団名に「日蓮」が付くかは別にして)日蓮宗のある派なのでしょう。話の内容から判断して、私とは違う派の様です。 下の方々が言われ事に賛成します。信仰は自主的にするもので、何らかの強制で入信するものではありません。するしないは個人の問題です。 》毎日南無妙法蓮華経と唱える夫の姿を子どもに見せたくない 唱題そのものは、信心する側からすれば少しも恥ずかしい事ではありません。お子さんに見せられない姿、と捉えるのは信心されてないからかもしれません。然し決して恥ずかしい行為ではない、と言う事です。 》七五三、子どもの進路など、いちいちそこにお願いしたら相談しないといけないのか 御主人にとって、御住職が尊敬されるべき僧侶であれば、致し方ないのかもしれません。然し質問者さんにはそう見えないようですから、これは都度夫婦で話し合うしかないのでしょう。ただ普通の住職であれば、あまり直接的な事は言わない様な気はします。 》お守りを買わなくたって、家族仲良く楽しい未来が待っていると思っています。罰当たりでしょうか。 罰当たりではありません。本来は題目を唱える以上のお守りなどはありません。私の派では、数珠がお守りとされています。だから御主人の気持ちの問題だけです。 》信仰をやめたら私たち家族は不幸になるのでしょうか。 これは皆さんが言われる通りです。もしやめて不幸な事があったら、それは「たまたま」です。日蓮聖人も「世間の留難来るともとりあひ給べからず。賢人、聖人も此事はのがれず。ただ女房と酒うちのみて南無妙法蓮華経ととなへ給へ(信心して不幸な事もあるかもしれない。どんなに偉い人でも、その事から逃れられないのだから。そんな時は女房と酒でも飲んで、お題目を唱えなさい)」と信者に書き送っています。信心する・しないと不幸は別物です。 質問者さんは、《そんなこと思う地点で私も洗脳されてしまっている》と心配されてますが、それは《洗脳》とは違います。家族が大事と思うが故の気持ちから来ているのです。そしてそれは自然な事です。 家族が大切だからこそ、そうした(余計な)心配をしてしまうのです。 信仰は、納得してするものです。佛や日蓮聖人に感銘を受けてこその信心です。 質問者さんも御主人の心を尊重し、御主人も日蓮聖人の信心があれば、きっと質問者さんの心を尊重されるはずです。「信心」は、結局の所「心」なのです。「心」を忘れた信仰は、題目の信心ではありません。 信仰で離婚なんかは、大変馬鹿げた事です心が大事なのです。お子さんも含め、お互いの心を、尊重しあって下さい。きっと自ずから道が見えてくると思います。

ご丁寧にありがとうございます。 信者さんに言っていただけると、なんだか恐怖心が解けるような思いです。 私の周りでは、強要されているような誘導されているような思いがしていたので、このように、信じてない側の立場を守ってくださりながら話してもらえたことありませんでした。ありがとうございます。心がすっとしました。 家族を尊重すること、大切にしたいと思います。

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あなたの旦那さんが信じているのですから、家族としては難しい問題ですね。 まず、宗教ですが、辞めたからと言って悪い事が起きるだとかはありません。多くの新興宗教の教祖的な人たちは、もともとあったある宗教の信者だった人がほとんどで、元からの宗教を捨てて自分で教祖になった人たちばかりだと思います。辞めるのが悪いのなら、その人達も何か災いが降りかかっているはずです。 私も家で南無妙法蓮華経を唱える宗教をしてたものですから、自然と会員にされていました。本山にもお参りしたこともありますし月一の会にも出ていましたが、教会や支部のやり方に疑問を持ち、今では会員も辞めました。 信仰を持っていた時も今も、良い事も悪い事も起きる事は変わりません。 あなたの場合、旦那さんが信仰しているのですから、家で何かやる時にはそれがとても影響してきて、それは結構大変だと思います。 でも、こんなことで離婚などという事になるのは馬鹿げてると思いませんか?なので宗教の事は否定したりせず、旦那さんには好きに信仰してもらったらいいのではないですか? あなたはあまり気にしないようにしていた方が良いと思います。 何らかの宗教の会員は私たちの周りにとても多くいると思います。 中には真剣にやって支部長なりの役職につく人もいれば、あまり熱心ではなく名前だけの会員さんもいます。私は名前だけの会員に近かった気がしますが、あなたもあまりそれに囚われることなく、気楽に普通に生きていけば良いと思いますが、どうでしょうか。

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信仰していてもしていなくても、良いことも悪いことも起きる…とても響きました。 私も色々と参加したことがあるところから、名前も顔も知られており、連絡先も知っています。信仰をやめる、となったときどういった形でやめるものなのでしょうか。貴方様はどう辞められましたか?? また、会員だった時、お歳暮やお年賀送ってましたか??我が家はそういったところも行っておりまして。それは信仰されている方々は皆さんされていましたか??

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2021/11/27 20:19

私は一般なものですので、相当なことでもない限り、神様等は信じていないです 旦那様は宗教からは離れられないと思います。 いい事があれば、神様のお陰、悪い事があれば、神様が怒っている。 全て、その宗教のせいにしているだけ そして、矛盾しているのが宗教は稼ぐのが当たり前です。心が綺麗な人が人からお金を貰ったり、高いものを買わせたりしますか? 普通の人は、初詣やご利益祈願しか行かないですよね、その程度の気持ちでいいのです。宗教のせいで、縛りがあったり、何かあるのではないかとと考えだしたらキリがない。 いい事も悪い事も、全部自分のせいです、 運というものはあるとは思いますが… 旦那様と宗教は別に考えられませんか? 宗教にのめり込んだ人は変えられません。 貴女様も一緒にする必要はないです 私も近所にお経を唱えている、お宅がありまして、ことあるごとに新聞をとってくれ、集会に来てくれと、勧誘され全く迷惑でしかありません。

ご丁寧にありがとうございます。 宗教と別に考えたいと改めて思いました。 私も、今まで初詣くらいでしか行っていなかったですね。それでおいてクリスマスも楽しんでいましたし、さらにいうと私は幼稚園はキリスト教のところへ通っていました。特に信仰しているわけではなく、たまたま家から近くだっただけですが…。 貴方様が言うように、いろんなことに対して宗教のせいにしたくない、といったところが私の本心な気がします。 ご回答ありがとうございました。