イタリア軍は何故弱かったのですか?

補足

戦争が嫌いで、女好きな平和な国民ですか?

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まずイタリアの王家というのが、もともと北イタリアの一部であるトリノのサボイア家ですが、トリノというのがそもそもイタリアというよりも南フランスに近く、サボイア家もむしろフランス人貴族に近く、そもそもサボイアとは南フランスであり、トリノ人とは南フランス人に近いのです。 またミラノのビスコンティ家は長くオーストリアのハプスブルグ家の家臣であり、ミラノはオーストリア領であり、むしろオーストリア貴族に近かったのです。 そもそも北イタリアとは、南フランスとオーストリアの一部に近い地域であり、カブール侯爵なども南フランス語を話していました。 そもそも北イタリアの方言が、南フランス語とドイツ語に近く、あるいはむしろスイスに近いのです。 そもそも北イタリアと、スイス、南フランス、オーストリアの区別が日常生活では非常に曖昧であり、往来も多いのです。 北イタリア人にとっては、南フランスや、スイス、オーストリアよりも、ローマや南イタリアの方が遠い存在、異世界なのです。 統一戦争の英雄、ガリバルディ自体が、南フランスのニース出身であり、むしろフランス人に近いのです。 そもそも統一戦争のソルフェリーノの会戦でオーストリア軍を破ったのは、フランス軍だったのです。 そもそも統一戦争の決定的勝利自体が、オーストリアと敵対するフランス軍の武力によるものでした。 統一戦争の作戦計画は、フランス軍の参謀や将軍が立てたものであり、サボイア王国軍の参謀というのはほとんど何もできず、ただフランス軍の命令に黙って従うだけでした。 その後のイタリア陸軍でも、参謀の教育というのは全く軽視され、将校の人事は、ほとんどみんな身分、そして貴族の 「家柄」 で決められたのです。 つまりイタリア軍の人事や教育は、幕末の徳川幕府軍とほとんど同じようなままだったのです。 日本陸軍でも、皇族は試験を受けなくても必ず将校でしたが、イタリア軍の方はそれがさらに徹底的かつ大規模に行われていたのです。 イタリア軍では、下士官や兵士は、将校、参謀、指揮官である貴族、領主の 「家臣」 や、 「家来」 であったのです。 日本軍は天皇の軍隊とされましたが、イタリア軍は地方貴族の私兵の寄せ集めで、国王の権威は名ばかりでした。そもそもサボイア家が一地方貴族でした。 トリノ以外の地域では、サボイア家に対する忠誠心はほとんどまったくなかったのです。忠誠心の対象はビスコンティ家のような地方領主だったのです。 北イタリアはそもそもイタリアではないという極論さえあります。実際にオーストリアであった時代も長かったのです。 日本の場合は、天皇家の権威は別格でしたがサボイア家にはそういう権威や伝統がなく、 「フランスの傀儡」 という見方も強かったのです。 第一次世界大戦でもやはりフランス軍の大きな支援を受けました。 歴史的には、重要な時は常にフランス軍の支援を受けてきたのです。統一戦争でも、第一次世界大戦でもそうです。 極端な話、近現代のイタリアはフランスの属国と言える面も多いのです。 国家の体制、政治、行政、経済が、独立して戦争を行うようには最初からできていないのです。 まあ今の自衛隊とアメリカ軍、日本とアメリカの関係に近いとも言えるかもしれません。 しかし逆に戦後の日本も、アメリカの軍事力を当てにすることで、経済的負担を減らせた部分もあり、イタリアの場合は歴史的に常にそうだったのです。 なので、独自に作戦計画、編成計画を立てることがほとんどできないのです。将校の人事が、常に家柄や地縁血縁を優先して行われているからです。 つまり作戦や編成の計画も、家柄や、地縁血縁を優先して行わざるを得ず、当然下士官や兵士の士気や意欲は低下するのです。つまり実力主義ではないのです。 日本軍の場合は、日清日露戦争を独力で戦わざるを得ず、日英同盟はありましたが、戦闘は日本軍だけでした。 薩長の藩閥はありましたが、庶民出身の将軍や提督が多く、家柄よりも実力を重視するようになっていったのです。 まさに徳川幕府もフランスの支援を受けていましたが、イタリア軍はそんな感じのままでした。軍事行政が徹底的に貴族中心のままだったのです。 イタリア軍では貴族であれば、真面目に勉強しなくても家柄だけで士官学校を卒業して、参謀や指揮官になれたのです。 平安時代の日本の貴族や公家が、武士より弱かったのと同じ理由です。 イタリアの貴族とは、日本の公家貴族に近い文化なのです。イタリアの政治は藤原氏の摂関政治に近いのです。 イタリアの高級車とは、平安貴族の牛車のようなものなのです。 貴族が指揮官や参謀であればミスをしても責任は問われないのです。戦闘で負けても許されるのです。 下士官や兵士もそれを知っているから、真面目に戦う意欲をすぐになくすのです。 つまりイタリア軍の指揮官や、参謀は、大半が家柄で選ばれた貴族であるために逆に下士官や兵士の人望や信頼がないのです。 ムッソリーニの時代は、そのために軍ではない党の軍隊である黒シャツ隊に入るのも多かったのです。 1943年に国王が休戦を宣言しても、命令を拒否する兵士が多かったのはそのためです。 そういうわけで、第二次世界大戦後には国民投票で王政自体が廃止されてしまいました。

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簡単に言えば「地域ごとの反目が他国よりも大きい」から。 そもそも「イタリア」という統一国家になったのだって、ヨーロッパでは比較的最近のことです。それを言ったらドイツはどうなんだって言うても、ドイツは比較的「細かく分裂したライヒ」的価値観なのに対して、イタリアはイタリアというより「ナポリやローマ、トスカーナ、フィレンツェなどなど」だから。 これでは「イタリア軍」としては強くなくて当然です。 実際に、ちょっと上陸されたら連合軍になって、枢軸側を攻撃したりしてますし。こんなこと、日本やドイツではあり得ませんから。

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まず工業力で劣ります。 戦前の鉄の生産ではアメリカが4千万トン、ドイツが2500万トン、ソ連が1800万トン、イギリスが1300万トン、フランスが600万トン、日本が600万トン(満州含む)ときてイタリアは200万トンです。 また陸軍の装備では大砲は殆ど第一次大戦時のお下がりで、機関銃は主力とされたM30が「イタリア兵は他の機関銃があれば必ずそちらを選ぶ」と言われる程、性能・信頼性ともに低いなど、装備にも問題がありました。 そして何よりムッソリーニがドイツの対仏勝利に便乗参戦した結果、国民の多くは「なぜ戦争するのか」という意識が明確ではなく、戦意も低かったです。

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戦争よりも食事と女性が大好きだからです。

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地中海で交戦したイギリス海軍の戦艦はレーダーを装備していて 遠距離や夜間でも砲戦可能でしたが、イタリア海軍の戦艦には レーダーが装備されておらず、常に後手を踏んでいましたから。