キリスト教についての質問です。

補足

皆さん回数感謝します。 大変勉強に成りました。 ありがとうございます。

宗教 | 世界史208閲覧

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なんか知らんけど、戦中の日韓併合を出エジプト記と被らせる人が一定数いるからっぽいって聞いたことあるよ。 あと、国自自体の歴史とか宗教観とかあるんじゃない?日本の宗教は国に管理されて政治の道具としてあった側面が強いから、あんまり宗教に入れ込まない国民性だけど。っていうか、宗教に疎い国民性だと思ってる。 あと韓国は歴史的にも属国だった影響もあるから、選民思想がないとは言えないキリスト教がしっくりきちゃったんじゃない?で、同時に異端もボコボコ生まれてるような気がする。人の欲望って際限ないから。

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本で読んだ話です。 キリスト教国の植民地や占領があった訳でもないのに、伝統回帰せず、 クリスチャンが増えているのは、特異な現象、なのだそう。 理由としては、 もともと中国の宗主権のもとで、属国の位置に長らくあって、宗主国の宗教に準ずる儒教、朱子学を中華世界スタンダードとして信奉、中華世界の中でのTOPをめざしてきたそうです。 それが、日本統治やアメリカ占領を経て、いきなりがら、っと、西洋に結びついた影響で、宗主国のスタンダードを求める心理がまた働いて、クリスチャン化が始まったのだと。 もともと朱子学が教条主義的、理念的なものなので、(それに過ぎる、という評価のある学問だそうで)まるごとさし代え可能な代替物としてキリスト教が 需要があった、という事のようです。

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キリスト教という名前だけで、実際は違う。沢山の違う宗教をキリスト教とカウントするから多いだけだと思います。

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韓国は長く中国を宗主国として来た。中国の属国であり、中国がモデルだった。 そこで韓国が取り入れたものは儒教だった。韓国社会では仏教はそれほどの力を持っておらず、神道のようなものも力を持っていなかった。 日本が敗戦し、韓国にアメリカ軍が進駐し、共産主義革命が起こり、西側の自由主義を受け入れた時に、それまでのように儒教的な価値観を維持することが難しくなったが、韓国には儒教に変わる思想的な中心がなかった。 それで、今まで宗主国の中国の価値観である儒教をまるっきり輸入したのと同じように、新しい宗主国のアメリカの価値観の基礎であるキリスト教をまるっきり輸入しようとするのは自然な流れだったのだと思います。 日本に関しては、長い間仏教が国の宗教として受け入れられ、さらにお寺は個々の家庭と結びつけられて戸籍を管理していた。いわゆる檀家制度ですよね。システムとして出来上がっていたため、そうそう簡単にそれを壊すことができないのだと思います。

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1600年頃に、日本では仏教を排除しようとする、いわゆる排仏論を叫ばれたことがありました。 排仏論の主張は以下の通りです。 「1、仏教の外来性、2、仏教の反社会性(僧侶遊民)=不孝、3、孝を媒介とするレッテル→遺体破壊(火葬)という構図をもつ」 この排仏論に危機感を覚えた仏教側によって、排仏論はキリスト教へ転換されました。 さらに、キリシタンヤソ(蘇耶)を排斥することで自らの社会的有益性をアピールしました。 それが蘇耶論と呼ばれるものです。 排耶論は以下の通りです。 「1、キリシタンヤソの外来性、2、キリシタンヤソの反社会性(キリスト教の神観念:無君無父)=不孝、3、孝を媒介とするレッテル→遺体破壊(西洋医学)という構図をもつ」 排仏は提唱されたものの、それを仏教側がキリスト教に擦りつけることで、その後に生じる弾圧を回避しています。そしてそのことは、仏教が民衆に浸透しており、国家の支配、という点から見ても、仏教を支配下に置き、キリスト教を排除しようとしていた当時の支配者にとっても都合が良かったのです。 「外来性と非社会性から生じるレッテルは自助努力だけでは剥がせない。仏教は、漢学(儒教)・国学(神道)からの批判(レッテル)をキリスト教に振り向け、さらには、キリシタンヤソを排斥することで自らの社会的 有益性をアピールしたのである」と研究者が記しています。 上記の出来事はキリスト教が禁教とされ、反論できない時期に起こったことです。蘇耶論が再び再燃したのは幕末、水戸学です。 水戸学の一側面として、キリスト教排除があり、それが全国に広がりました。 キリスト教が解禁されても年月が浅く、国家神道に反対した時期も加わって、キリスト教に対する忌避感が残ることになりました。 これが、キリスト教が日本でなかなか広がらない要因の一つですね。