鎌倉殿の13人 奥州藤原氏は、源平の争いで中立を保つつもりなら、なぜ義経を頼朝のところに送り込んだのでしょうか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆様、ありがとうございました。

お礼日時:5/18 21:46

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>なぜ義経を頼朝のところに送り込んだのでしょうか? 送り込んだのではなく、義経が勝手に出て行っただけでしょう。送り込むつもりなら、もっと手勢を与えるでしょう。 1.平家が勝った場合 義経が勝手に参陣しただけと主張すれば、奥州藤原氏は中立の立場を保てます。頼朝の異母弟である義経が参陣するのは自然な流れですし、義経の監視を命じられてたわけではない奥州藤原氏に、義経の行動を止める義務はありません。義経に与えた手勢はごくわずかですので「奥州藤原氏が、平家追討に加担した」とは言えませんし、平家の本拠地は西国なので奥州が征伐される危険性は低いです。 2.源氏が勝った場合 義経は奥州藤原氏に恩を感じていますから、頼朝が何かしようとしたら知らせてくるでしょうし、奥州藤原氏と鎌倉源氏の仲介役がいると便利です。義経との縁をうまく使って(義経の子と泰衡の子の縁組とか)、幕府内で奥州藤原氏の勢力を広げることも考えたかもしれません。…政治力のない義経に、期待しちゃダメな気もしますが。 3.源氏と平家が和議を結んだ場合 平家に加担したわけではなく、直接源氏に加担したわけでもない(義経が頼朝と合流するのを止めなかっただけ)なので、奥州藤原氏は「中立を保った」という姿勢が維持できます。 どう転んでも、奥州藤原氏にデメリットはありません。デメリットはないし、うまくすれば勢力拡大も狙えるので、義経の好きにさせただけだと思います。

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中立を保つつもりというより、奥州の存続・発展を考えていたのでしょう。 奥州は豊かとはいいながら、武力においては実戦経験がなく、急に軍備を整えようとすれば攻め込まれる理由を自ら作ることにもなります。 その中で、源氏と平家のどちらに有利に事が運ぶかわからず軽々しく動けない中、自分が影響力を持つ義経を送り込むことで、奥州の選択肢を増やし少しでも有利になれるかもしれないという目論見があったのではないでしょうか。 義経が頼朝に合流しただけですから、平家が勝利しても、奥州は別に後ろ暗いことはありません。 また、源氏が勝てば、その中心には義経がいますから奥州に有利に働く可能性も高いです。 最終的には秀衡の老衰と頼朝の構想により攻め滅ぼされてしまいましたが、当時の奥州が安全を保ちながら打てる手の一つだったといえます。