特急加越はどんな役割を担っていたんですか?

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お礼日時:5/17 5:17

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特急加越ですが、北陸方面から米原駅で東海道新幹線に接続する特急列車として昭和50年3月のダイヤ改正で米原と金沢・富山間の特急として登場しました。その後、加越は米原・金沢間の特急となり、平成15年10月のダイヤ改正でしらさぎに統合され姿を消しました。なお、しらさぎに統合後の米原発着の列車は号数が50、60号台で、名古屋・富山間等を走っていた元々のしらさぎ(号数が若い番号分)とは区別されています。 さて、加越はしらさぎと運行区間が重複しており、しらさぎと比べ地味な存在の列車であったようでした。 余談ですが、私は加越が消滅する数か月前に1度だけ乗車したことがありましたが、車内は大変空席が目立つ列車であったと記憶しています。 少々長くなりましたが、参考にしていただけたら幸いです。

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長らく 東京 ↓東海道本線 米原 ↓特急「加越」 北陸線本線沿線各都市 が東京から北陸へ行く最速ルートだったのです。

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現在の米原発着のしらさぎの前身が加越です。

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