太平洋戦争のことに関して質問です。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

1番詳しく教えてくださったのでベストアンサーにさせていただきます! ありがとうございました!

お礼日時:7/2 17:05

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太平洋戦争中、日本軍にしても米軍にしても当然戦略・計画というものがありました。 敵側の基地・拠点を攻撃するにしても、陸上兵力を輸送船などで輸送しなくてはなりません。 そしてそれを支援・護衛する為には戦闘艦らの護衛艦隊も必要です。 更にそれを支える武器・弾薬や基地や陣地などを建設する資材や兵士たちの食料などの備蓄も必要となります。 もちろん戦闘で損傷した航空機・艦船などの兵器の修理のための資材・設備も必要となります。 日本軍にとって マリアナ諸島のサイパン島やグアム島、 その南方にあるカロリン諸島のトラック諸島(現チューク諸島) その西方にあるパラオ諸島 更にその南方でパプアニューギニアの東部の海上に位置するラバウル島 といった具合に太平洋中部から南方へ進出するためには中継点らとなるこれらの基地・拠点が欠かせない事がわかると思います。 当然そこを守るために守備兵力も増強されますし防御施設も強化されます。 そしてその重要な拠点を中心として周辺の島々にも小規模な基地が設けられています。 これらはそのその重要な拠点が直接・いきなり攻撃される警戒網・前哨基地とも言えます。 そして更に 日本軍の海軍の「山本五十六」らが注目したのが、オーストラリア大陸東方から南東方面へと長く延び連なっているソロモン諸島内でにあった 「ガダルカナル島」だったのです。 もちろん当時は最初は誰もが注目していない知名度が低い島でした。 しかし海軍の「山本五十六」らは先見の明でその重要性に気づいていました。 「ガダルカナル島」はソロモン諸島内で最大の島で、比較的平地が多く、大規模な飛行場の建設に適していたのです。 そこで日本海軍の基地設営隊を派遣して基地と飛行場の建設を開始していたのです。 ただしこれは海軍の上層部の一部しか知りませんでした。 後には大規模な守備隊を派遣するには日本陸軍の協力が必要でした。 しかし「山本五十六」らは初期にはまだその事を報告していませんでした。 このことから後に米軍が「ガダルカナル島」への上陸作戦を開始した時には、 その報告を受けた日本陸軍はおろか日本海軍らまでもが、 「ガダルカナル島って一体どこにある島だ?」 となってしまったのです。 一方、米軍(連合軍)にとって、 太平洋における日本の勢力圏へ侵攻するにあたって、最大の前進基地・根拠地がハワイ諸島でした。 そしてそのハワイ諸島から日本の勢力圏へ侵攻するルートとして、 いきなり西進してマリアナ諸島を攻撃するにはその中間点にある島々では大規模な補給拠点の建設に適してはいないし、そのためにどうしても作戦がリスキーなものになってしまいます。 よく太平洋戦争では 「ミッドウェイ海戦」における日本軍の大敗により戦局が逆転した」 とされます。 確かに日本海軍が主力空母4隻を失ったのは大きかったです。 しかし6月の「ミッドウェイ海戦」から10月末の「南太平洋海戦」まで 日本軍の残りの空母艦隊と潜水艦との交戦により、米軍は数々の空母が沈没や損傷により戦線を長期離脱に追い込まれたりもしていました。 そして「南太平洋海戦」直後には太平洋における米軍空母の稼働数が一次的に0隻になるという苦境にまで追い込まれているのです。 つまり米軍は日本軍への反攻作戦を行うにあたっては、その後の実際の史実でも事実と分かりますが、日本海軍の実力から言ってもいきなり中部太平洋方面のマリアナ諸島へと攻勢をかけるにはあまりにもリスクが大きい事が予想できました。 では最適と考えられる侵攻ルートはというと、 多数の諸島があり、実際にすでに拠点化されている基地らもある太平洋南東地域方面からソロモン諸島を攻略しながらオーストラリア大陸方面へと向かうルートが補給や支援体制からも最適であったわけです。 つまり、日本軍の戦略方針と米軍の戦略方針が期せずして丁度衝突することになった地点がソロモン諸島で、その中の最大の島が「ガダルカナル島」であったわけです。 そして米軍はその戦略方針に基づきソロモン諸島を偵察しました。 ところが米軍はそこで初めて日本軍がガダルカナル島へ基地の建設を始めていることを知り慌てたのです。 もしガダルカナル島に日本軍の有力なる飛行場を持つ基地を建設されそれが稼働を始めたら、ガダルカナル島対岸のフロリダ島沖合のツラギ島にすでに小規模ながら建設されていた水上飛行機用の基地と更に遠方ですがラバウル基地との連携により、米軍の反攻作戦に重大な支障をきたす可能性が考えられたからです。 そして開始されたのが「ガダルカナル島攻防戦」であったのです。 そしてガダルカナル島にいた日本軍はまだ小規模であり、 一説には装備品としてスコップしか持たされていない日本から連れて来られた囚人たちの部隊がいたとの話も…。 そのためにガダルカナル島に建設中だった基地と飛行場はあっという間に米軍に奪取されてしまいました。 そして最終的に「ガダルカナル島攻防戦」にて勝利を収めた米軍は、 やがてパプアニューギニア方面を攻略しつつフィリピン方面へと侵攻した 「マッカーサー」将軍の担当軍と北上しつつ中部太平洋方面のマリアナ諸島方面へと侵攻した「ニミッツ」将軍の担当軍に大きく分かれます。 しかしここで米軍が取った戦略は「飛び石作戦」と言われるものでした。 日本軍にとって防御が固い重要用拠点であるラバウル基地や南太平洋における最大の軍事基地であるトラック基地へは直接上陸作戦は行わず、その後方(日本により近い基地ら)を攻略するなどして制海権や制空権を奪取して、その重要拠点の基地の補給線を断つことでほぼ無力化してしまうという作戦です。 これは各島々のそれを守る日本軍守備隊に関しても度々行われました。 ですから質問者さんのご指摘通り 『守る側が、あれ?来ないな?』 とまではいかないかも知れませんが、米軍に裏をかかれてその周りの別の島に上陸されて補給線を断たれて孤立してしまったり、その島にいる意味がなくなってしまったので撤収する事態に追い込まれる例も多々発生しています。(特に諸島部) ラバウル基地やトラック基地は陥落こそしなかったものの、 ラバウル基地は孤立してしまう危険性から栄光のラバウル航空隊(実際には多数ある各航空隊の総称・愛称です)は撤退に追い込まれました。 そしてトラック基地は米軍航空艦隊による数日にわたる大空襲により大損害を受け、破壊された基地や軍港を修理しようにも後方(日本に近い側)を米軍に占領されているので制海権・制空権も無く補給品が届かず基地としての機能を喪失して無力化されてしまったのです。 そしてその後ついに米軍は中部太平洋方面のマリアナ諸島へと侵攻して来ます。 この頃になると米軍の保有する長距離戦略爆撃機である「B29」が日本軍にとって大いなる脅威と認識されていました。 そしてマリアナ諸島のサイパン島が米軍占領されて滑走路が整備されば、 それはそこから発進した「B29」が日本本土へ直接の爆撃・空襲して帰還(往復)することが可能となることを意味していました。 ですからそこで「マリアナ沖海戦」やサイパン島の戦いが起きたわけです。 そしてサイパン島の陥落により「B29」が日本本土へ直接の爆撃・空襲することが現実となりました。 しかし米軍にとってまだ問題が残っていました。 長距離戦略爆撃機である「B29」は確かにサイパン島~日本本土間を往復飛行が可能でしたが、それを護衛すべき戦闘機は小型機ゆえに搭載燃料量の関係からサイパン島~日本本土間は往復飛行はできなかったのです。 そしてその護衛戦闘機らが日本本土間を往復飛行が可能な絶好な位置にあったのが小笠原諸島南端近くにあった東西8 km、南北4 kmの島であった 「硫黄島」だったのです。 しかし日本側も「硫黄島」の重要性に気づいていましたから、 陸軍の「栗林中将」を派遣して「硫黄島」の要塞化を進めていたのです。 しかし激戦の末に「硫黄島」が陥落し米軍に占領されると、 サイパンから発進した「B29」の編隊は「硫黄島」上空にて「硫黄島」から発進した護衛戦闘機の編隊と合流して日本本土を空襲したのです。 また米軍の「B29」に対して日本航空隊はその迎撃に大苦戦しました。 しかし実は「B29」も撃墜されないまでも日本航空隊の攻撃による損傷によりサイパン島までたどり着けずに途中で不時着するという事が結構発生していたようです。 米軍に占領された「硫黄島」は、日本本土を空襲する「B29」を護衛する戦闘機隊の発進基地であると同時に、サイパン島までたどり着けない「B29」の不時着地点としての役割もこなしていたのです。 以上のように、太平洋戦争にて戦いが繰り広げられた島々には、それらの戦いが発生した理由があるのですよ。

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貴方が万の兵が守る島を攻める指揮官なら、どう攻めますか? 逆に島を守る指揮官だったらどう備えますか? 人間が考える事はそう大して変わりません 上陸できる場所は浜辺に限られてます 歩哨を立てれば敵の動きは察知できますし、大きな浜辺には必ず障壁やトーチカ、防護柵などを設置し敵の上陸に備えます 近辺には野営所を設置し部隊も配置してます 島で見通しの良い山や丘の数カ所からは常に全方位の空と海上監視を行います 近辺の艦船や偵察行動してる航空機からの情報も入りますし 滑走路がある島では偵察機を飛ばして敵の動きを近隣の島々の部隊と共有します >>攻める側が上陸がすごく早くて日本が守りを固めるより全然早く来て楽々占領 命懸けの戦いでこれは有り得ません 攻める側も数万や数千の兵が守る島に数十人単位で密かに上陸しても無意味です 少なくとも一度に数百の上陸は必要です、バレずに上陸なんて不可能です 敵に見つかれば狙い撃ちされて多くの犠牲者が出ます 上陸前には必ず空爆や艦砲射撃で敵軍にダメージを与え、敵の陣地を無力化 敵の注意や攻撃を航空機や艦船に向けさせ、速やかで犠牲が少ない上陸を目指す必要があります つまり攻める側には、必ず上陸前に大きな動きがあり守備側に察知されます また、上陸直前には激しい空爆や艦砲射撃があり これが質問者様疑念の「合図」です 因みにアメリカは日本が守る島々を順番に西進、南進せず 飛び石作戦で徐々に日本本土へ迫ってます なるべく日本に攻撃目標を察知されず、スピーディーに侵攻する為です

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戦争の原始的な本質は「場所の取り合い」です。この「場所」は、農業に適した場所、鉱工業に適した場所、商業に適した場所、交通の要所、あるいは、それらを守るために、または攻めるために、有利な場所であります。 硫黄島を例に挙げますと、 アメリカ軍にとって、 ・硫黄島をアメリカが取れば、故障や被弾してマリアナの基地まで帰れないB29爆撃機が途中で着陸できる ・P51戦闘機が日本と往復できる距離なので、硫黄島基地からP51を飛ばせば、B29を、日本の戦闘機から守れる。 ・マリアナ基地から日本への通過点なので、硫黄島の日本軍にB29が目撃されると、日本への到着時間が計算されてしまい、日本の戦闘機の待ち伏せに遭いやすい。 逆に、日本側から見れば、硫黄島はB29爆撃機から日本を守るための重要な場所だったわけです。 なので、この場所が取り合いになるわけです。

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ガダルカナル島の一番最初の戦闘がそれですね。連合軍の反攻が予想以上に早く始まったために建造途中だった飛行場を占領され、それを取り返そうと次々に増援部隊を投入して泥沼化しました。 それ以降の戦闘ではすべて日本軍が守っている島に米軍が上陸して戦闘になります。最前線の島をスルーして後方の島に攻めてきたことはありますが、その後方の島も守りを固めていました。

では守りを固めている島では、来るか来ないかわからないが拠点として使えるからアメリカが多分来るだろう、守りを固めとこう。という感じで守っていて、いざ来たら戦闘するためにずっと待ち構えていた、という認識で大丈夫でしょうか?