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ナチスって国家社会主義ドイツ労働者党ですよね・・。社会主義って共産主義の一歩...

okajimabilliardsさん

2009/5/2018:02:54

ナチスって国家社会主義ドイツ労働者党ですよね・・。社会主義って共産主義の一歩手前で、労働者って絶対、共産主義ですよね?なのになぜヒトラーは共産主義を気嫌いしたんですか?

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編集あり2009/5/2712:20:39

共産主義がユダヤ人の思想と考えられていたからです。共産主義はカール・
マルクスというドイツ系ユダヤ人によって唱えられました。そして、その教義を
元にロシア革命が起こりますが、ロシア革命の幹部にはトロツキーを初めと
する多数のユダヤ人が参加していました。ドイツ革命ではローザ・ルクセン
ブルクというユダヤ人女性を中心にドイツ共産党が成立しました。こうした事
から、共産主義とユダヤ人は、当時の反ユダヤ主義者たちにとっては結びつき
の深いものと考えられ、共産主義はユダヤ人の陰謀と見なされる傾向があった
のです。ユダヤ人迫害を行ったヒトラーが共産主義を毛嫌いするというのは、
むしろ自然な事でしょう。ナチズムの概念では、ドイツ民族はユダヤ・ボリシェ
ヴィキの陰謀から攻撃を受けており、これに勝利するためにはドイツ国民は
団結し、ナチスの指導に従わなければならないというものでした。ヒトラーの
『我が闘争』に、彼の反共産主義思想が書かれているので、一読されて
みれば分かります。

そのためヒトラーは、ユダヤ人の共産主義とは違う、ドイツ(アーリア)民族の
生存圏を確立できる体制こそを目指していました。国民社会主義の国民とは
ドイツ人の事に他ならず、そこにはユダヤ人やユダヤ的なものは一切含まれな
かったのです。アーリア的な国民社会主義とユダヤ的共産主義は、ヒトラーに
とっては全く別物の相容れないものでした。つまり、ヒトラーの社会主義(それ
を社会主義と呼ぶのなら)が行き着く先はユダヤ的共産主義ではなく、アーリア
的共産主義とでも言い表すべきものだったのでしょう。ヒトラーの考え方では
民族的概念が階級的概念に優越していたがゆえに、共産主義が敵視されて
いたのです。また、現実にはナチスの体制は資本主義体制に近いものでした。

宗教・民族・階級は共産主義における重要な概念であり、この3つのすべてに
おいてナチズムは共産主義とはまったく異なっていました。

1.宗教に対する考え方
­ ­ ­・共産主義は宗教をアヘンとして否定し、信教の自由が制限された。
­ ­ ­­­­・ナチスは宗教を否定せず、そのためキリスト教関係者・神学者の中
­ ­ ­ ­­­­にはナチスを積極的に支持する人間が多く見られた。
2.民族に対する考え方
­ ­ ­­­­・共産主義は非民族的・コスモポリタン的で、民族主義を否定した。
­ ­ ­­­­・ナチスにとっては民族主義こそが重要であり、コスモポリタン的な
­ ­ ­ ­­­ 考え方はユダヤ的なものとみなし、否定した。
3.階級に対する考え方
­ ­ ­・共産主義は資本主義社会をブルジョワジー(資本家階級)とプロレタリ
­ ­ ­­ ­ ­アート(労働者階級との対立と捉え、プロレタリアートによる権力奪取
­ ­ ­ ­­­­ ­­­­­を目指すものだったため、共産主義では資本家の存在は否定される。
­ ­ ­・ナチスにおいては統制経済がとられ、一見すると社会主義的政策の
­ ­ ­ ­­­­ ­ように見えるものの、現実には資本家の立場が労働者よりも尊重されて
­ ­ ­ ­­­­ ­­­­­­いた。また、そうであるがゆえに、資本家側もナチスを支持していた。
­­­­­­­­­ ­ ­ ­­­­ ­­­­­­
経済政策については、当時が世界恐慌の最中で、資本主義国家であろうと
統制経済的な政策をとらざるを得なかった事を割り引いて考える必要があり
ます。アメリカなどもニューディール政策という統制経済をとりました。ソ連型の
経済政策が当時は成功しているように見えたため、資本主義国の多くがそれを
真似た経済政策をとったのです。それをもってナチスを完全な社会主義と呼ぶの
なら、当時のアメリカも社会主義と呼ぶべきでしょう。ナチスの場合は独裁政権
であったことによって、過度な統制経済政策をとることが可能であっただけです。

そもそもヒトラーがナチスの前身であるドイツ労働者党に入党したのがスパイ目的
であった事、ドイツ労働者党がNSDAPに名前を変える事を聞かされたヒトラーが、
その名前に反対しており、ヒトラーにとっては社会主義はどうでもよく、ヴェルサイユ
体制を変えるための革命を起こす事こそが重要であった事、母体であったトゥーレ
協会が全ドイツ同盟などの国粋主義(右翼)団体と密接な関係を持っていた事など、
ヒトラーが共産主義を目指す社会主義者とは全く異質な立場であった事を示す
証拠は幾らでもあります。また、ナチスがラッサール型の社会主義であったのなら、
ムッソリーニのローマ進軍を真似て、革命による変革を目指してミュンヘン一揆を
起こす事などなく、最初から合法的な政権奪取に着手したことでしょう。

ちなみにラッサールが創設した正真正銘の社会主義政党である全ドイツ労働者協会
は、ドイツ社会民主党主流派へと継承されていきますが、ヒトラー政権が成立すると
ナチスによって解散に追い込まれます。もしも、ナチスがラッサール型の社会主義なら、
ドイツ社会民主党主流派とは敵対関係にならず、むしろ手を組んだはずです。

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2009/5/2021:40:26

ナチスは国家社会主義ドイツ労働者党ではなく、国民社会主義ドイツ労働者党です。国家社会主義Staatssozialismus と訳語のうえで区別できなくなってしまうので、現在ではほぼ使われていません。Nationalsozialismusは国民社会主義とか民族社会主義あるいは単にナチズムと訳します。

インターナショナリズムと階級闘争によって分裂させられていた国民を民族共同体という形で統合していくというもので、マルクス流の社会主義とは根本的に異なります。共産主義は根本においてインターナショナリズムであって、国民あるいは民族を分裂させる陰謀を画策する思想であるとされました。そしてこうした思想の背後にユダヤ人の姿を重ね合わせていたのです。

言葉上は社会主義という言葉が入っていますが、いわゆるマルクス主義的な意味ととってしまうのはNGです。

elghkeiaさん

2009/5/2021:00:14

ヒトラーは国家社会主義で
レーニンが国家資本主義です。
池袋の東に西武が有って
西に東武が有るのと同じと昔から言われています。

thor1203さん

編集あり2009/5/2121:37:57

「国家社会主義」というのは19世紀にフェルディナント・ラッサールらによって体系づけられた社会主義です。

フェルディナント・ラッサールは最初カール・マルクス、フリードリヒ・エンゲルスとともに共産主義を体系づけました。
ところが後にラッサールは革命のやり方を巡ってマルクスらと対立しケンカ別れしてしまったのです。

そのやり方とは暴力革命か普通選挙による平和的な改革か、
つまりラッサールは今の日本共産党が言ってるような平和的な革命こそが社会主義を実現させるために有効な手段だと主張していたのです。
そしてマルクスやエンゲルスは、あくまで暴力革命でしか社会の改編を実現する事は出来ないと主張していたのです。
(つまり今の共産党の主張は、実際には共産主義ではなくナチズムのやり方なのです)

マルクスらは暴力革命の方針を引き続き継続し共産主義団体を拡大させました。
一方袂を分かったラッサールは自分の主張する革命思想を「国家社会主義」と名付け、その実現のために努力したのです。

やがて共産主義はロシアで革命に成功しました。
しかしドイツでは共産主義は大した勢力を広げられませんでした。
一方、国家社会主義勢力は一人の演説の天才を手に入れました。
彼はその魅力的な演説で国民を魅了し、同時に驚異的な全体主義政策でドイツ経済を復興しました。
実績を重ねた国家社会主義は普通選挙で改革に成功し、暴力革命に拘った共産主義を追い出すことに成功したのです。

国家社会主義と共産主義は、実は全く同じ思想です。
ただ社会機構をそのまま乗っ取るか破壊して作り直すかの違いがあるだけなのです。
そして二つの思想が生まれた聖地で勢力争いを演じたのは、その発足から始まる近親憎悪が原因になっているのです。


ちなみに戦後になると、このナチズムを社会主義とは別の右翼思想だと主張する左派学者が現れました。
ソ連の共産主義と多くの犯罪を手がけたナチスドイツが同一視されることを恐れ、真実をねじ曲げようとしたのです。

確かにラッサールが作った国家社会主義に比べナチスが行った社会主義政策は民族主義的な色彩が色濃く出ているのは事実です。多くの学者はこれを民族社会主義と呼ぶべき物で全く別物だと主張します。

しかしそれは、中国の毛沢東主義や北朝鮮の主体思想がマルクスの称えた物とはあまりに違うから共産主義国家とは言えない、と言い出すのと同じくらい変な主張です。
時代や背景によって称えられた主義思想は大きく変化し、やがて素となった思想とはあまりに変質してしまうことはよくあることです。
だからといってそれが全く別の物であるというのは、真実をねじ曲げる行為であることは言うまでもないでしょう。

毛沢東主義や主体思想がマルクスの称えた階級闘争をベースにしているように、ナチズムもラッサールの称えた統制経済をベースにしています。
多くの企業に党員を送り込み監視指導を徹底させたこと、公共事業の土地の価格を凍結しゼネコンの進出を阻んだこと、労働者への福利厚生施設を充実させたことなど、その政策は紛れもなく社会主義です。

ただこの時代、ダーウィンの従兄弟だったフランシス・ゴルドンの「優生学」という人間自然淘汰説が世界中を席巻しておりアメリカでは1907年の断種法、日本でも1931年にらい予防法が発布されています。
こういった時代背景に伴い、ナチスはその当時行われた先進的な試みを大規模に導入することで民族主義的な政策が取られるようになったのです。

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