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2022/6/26 4:49

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世界の歴史上でも偉大な奇跡を起こしたのはイエス様だけですか?

宗教 | 世界史107閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございます。

お礼日時:7/2 14:57

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イエスの復活についての記述において福音書は一致していません。 果たして マグダラのマリアにイエスは現れたのかどうか、 もし現れたのなら、 何処で現れたのか、何時現れたのか、何をメッセージとして与えたか、 マリアは恐ろしくて誰にも言わなかったのか、 それとも喜んで報告に帰ったのか、 その報告に、弟子たちはどのように反応したのか、 墓に戻って確かめたのか、誰が墓に戻ったのか、墓の中に入ったのか、 ガリラヤにみんなで行ったのか、エルサレムに残ったのか、 家の中に隠れていたのか、公然と神殿で神をほめたたえていたのか。 これらのことについて、福音書は一致した回答をしていません。 イエスの復活に関する記録は、 聖書全体の中でも最も矛盾の多い部分ですが、 その中でも、特にイエスの出現そのものに関する記録は、 各福音書、使徒行伝、パウロの手紙、 それぞれが独自の記録を持っていて、その証言がほとんど一致しません。 それはまるで、被告人のアリバイを立証して、 無実を証明しようとして呼んだ複数の証人たちが、 それぞれ、熱心に、「被告人は事件当時わたしの家にいました」 と証言するようなもので、 証言そのものが被告人を窮地に追い込むのに似ています。 イエスが死から復活したことを証明しようとして、 マタイやルカやヨハネやパウロは、 それぞれ、「イエスがわたしに現れた」と熱心に主張する証人を たくさん登場させるのですが、 彼らの証言がお互いに矛盾しているのです。 しかも、 弟子たちやパウロの元々の出現の証言そのものさえ、 瞬間的に消えたり、声だけだったり、幻の中だったり、 結局[聖書にこう書いてある]と書かなければならなかったりして、 客観性の欠如した、極めて頼りのないものです。

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だからクリスチャンの大雑把な‘信仰’ には笑いをこらえきれない。 イエスの奇跡物語を福音書から聞かされて ‘信じた’ ひとは少なくないだろう。かずかずの奇跡物語のうち、水をワインに換えた(変えた)話で信仰に入ったひとはいないかもしれないが、「偉大」というか驚くのはおそらく甦りだろう。 しかしイエスは「死んで葬られ黄泉に下り三日目に死人のうちよりよみがえり」とあるが、「よみがえった」のか?「よみがえらされた」のか?クリスチャンはちゃんと書いてあることを確かめたのか。 イエスが死んで、自分でよみがえったのか、(父なる神に?)よみがえらされたのか、自動詞か他動詞か。ここで父と子と聖霊は三位一体だからどちらでも同じこと、なぁんて誤魔化してしまうから大雑把だというのだ。 新約聖書には福音書と書簡あわせてこの言葉が何度も使われているが、ギリシャ語本では両方あるという。また写本によっても両方あると。 イエスは十字架上で「霊をお渡しになった」と福音書にある。では霊を戻したのか、霊が戻ってよみがえったのか?そこは書いてないがクリスチャンはどう判断する?ここでも三位一体だから気にしなくていいのよ、と言うか? しかしその霊ー-聖霊については、三位一体であっても父なる神から出たのか子から出たのか両方から出たのか、古代から現代までも大論争になっているのだ。決着はついてない。 そんなことがあるのに、だいたいでいいのよと大雑把に「理解」してあとは信じるだけ、というクリスチャンには・・・ほとほと失笑が止まらない。

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イエスはローマ帝国に処刑されてそのまま死んだけど、なにか奇跡起こしたの? ちなみに歴史上で偉大な奇跡を起こした人はいません、奇跡なんてものは存在しないからです