【龍樹登場前後で「空」の捉え方は変わったのか?】 仏教における「空」の思想は龍樹登場以前から存在していましたが、龍樹登場前後で「空」の思想はどのように変化したのでしょうか?

宗教 | 哲学、倫理175閲覧

ベストアンサー

0

その他の回答(3件)

1

サンスクリット語のシューニャ śūnyaの中国語訳が「空」です。これは、形容詞であり、名詞としての「空なるもの」「空性」は、シューニャター śūnyatāといいます。意味は、「空虚な」です。空虚とは、「物のなかみ、または物事の内容をなす価値、あるいは心のより所が、何もないこと。からっぽ」という意味ですから、空とは、あるべき中身が無いことをいいます。 たとえば、空席といえば、そこに坐るべき人がいない席のことだし、空瓶といえば、中身の入っていない瓶をいうように、あるべき中身がないことを空だといいました。大乗仏教が起こって、説一切有部と対立するようになると、空は、「無自性」(実体が無いこと)の意味になりました。説一切有部が、一切法には自性が有ると主張したので、それに対して、無自性(空)を論じたのです。 しかし、無自性=空という論は難解であり、多くの人々にとっては理解できない内容でした。そこで、龍樹が登場して、「一切の現象は因縁によって有るのだから、それ自体だけで存在するものは無い。無自性である。よって、空である」と論じました。「縁起・無自性・空」という解説は分かりやすかったようで、空は大乗の重要な教義となりました。 龍樹の「因縁故に空」(大智度論他)という論によって、釈尊の説法の要である縁起と大乗の空とが結び付きましたので、大乗仏教にとっては非常に重要な義となりました。

1人がナイス!しています

0

空はもともとあります。 無我と同じです。 龍樹菩薩は、その空を因縁によって明らかにされています。 以下の記事に分かりやすく書かれています。 https://true-buddhism.com/history/nagarjuna/#ch02 ですから龍樹菩薩によって空がより一層明らかになったということです。