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2022/6/29 12:07

44回答

地本の人が街中でカツどんを餌に声をかけたり、「名前だけ書ければ合格」という 時代に陸士で任官された方(例えば1985年に入隊)は、ほとんどの人が3曹以上。

ベストアンサー

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2022/6/29 13:11

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質問者2022/6/30 19:54

先任士長というものがあるんですね。 昇給がなくさらにベテランということなら自衛隊にとっては有難い存在にも思えますが、どの様に有害な存在だったのでしょうか?

その他の回答(3件)

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それはシャバが物凄い景気が良く、特に昭和末期から平成初頭のバブル時代は全くというほど自衛隊に見向きもしなかったです。 地連のおっさんもやはり入隊ノルマがあり、高校や高校卒業予定者の家庭を掛けずり回りパンフを置いて貰うなど相当苦労したと思います。左翼系の強い高校は相手にされず、国民には自衛隊すら信用がなかった時代ですね。自衛隊アレルギーの家庭もドアを開けて貰えなかった。 そんな中、自衛隊に自ら志願する若者は事務所では歓迎されてコーヒーをご馳走になったり、個室で試験を受けて貰ったり、答えを教える試験官もいると聞きました。要するにオツムが悪くても健康体であれば自衛隊に即入隊出来ました。 前に書いてあったように自衛隊に入ってオツムの良し悪しは出世に関わって来る事です。昇進試験で一発合格すれば2任期で3曹に昇進でき、さらに4年で幹部候補生学校に進み、トントン拍子で幹部に出世し、叩き上げ3佐もいます。 いくら体力自慢でもオツムが悪ければ正社員である曹に上がれず、部隊によっては1任期でお払い箱にされる。

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大体似たような時期の入隊です。 3月末(新卒)として、後期教育に70名ぐらい参加してた。 1任期で半分に。2任期でまた半分に。 6年ぐらいしたら同期の陸士は居なくなってて、10数名が3曹になってた。 曹学もいて、20人ぐらいがほぼ同期 そこから転勤や幹部任官で別れていき、同じ駐屯地で定年になったのは10人だった。 同期は1尉から1曹まで。 7〜8人ぐらいは自主だったり要らんことして退職 先輩には5任期10年という人もいた。 長くても3任期6年ぐらいだなぁ。 10年いた人は、猛毒では無いけど薬にもならない人 一日中草むしりやっとけと言われてやる人です。 退職後は旗振りのようですね。 人間としてのプライドがあれば、普通は2任期 もうちょっと頑張れば3曹行けるかなっていう人なら3任期 筆記試験は通るんだけどね。 体力検定で僅かに及ばないという人が多かったです。 体力検定は、部隊の殆どが応援しているし、みんなが見ているので誤魔化しが効かない。 数値で点数出ちゃうからね。 あいつが何で受かって俺が落ちるんや。点数はこっちが取ってるじゃないか。ってことになるから。 私が見た中では10年が最長でした。 うまく辞めさせるのも中隊長の腕だし、それだけ永く昇任しないのも中隊長の成績に影響する。 学歴が中卒ってのはチョコチョコいました。 それでも三曹になったり、一般幹部になったりしていますね。 知ってるやつは3佐になってます。 あんまり学歴は重要ではなく、本人の頑張りと、周りの人を惹きつける魅力があればokなのが自衛隊です。

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聞いた話ですが、実際に昭和の時代には算数が出来なかったり、漢字を読めない隊員がいたそうですが、だいたいは1任期以下で辞め、まれに親御さんから他に働けるところもないからどうしても置いてくれと懇願されて2任期まで勤務させた者もいたそうです。 上昇志向のある中卒隊員は働きながら夜間の高校に通い、曹になれた人もいたそうですが、だいたいは1任期か2任期で就職援護してもらい退職したそうです。