マルクスの経済学の方法の特徴と問題点を教えてください。

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マルクス経済学の方法。一般的には、対象の総体的把握、下向による分析と上向による叙述の総合がその特徴に数えられる。 対象の総体的把握。マルクス経済学は、近代経済学のように個々の社会現象をピースミールとして別々に捕らえるのではなく、諸現象の全体的な連関を捕らえようとし、社会の構造的把握を狙っている。 下向・上向。具体的かつ複雑な直接観察される現象からそれを発生させる要因(より一般的な法則)へと段階的に分析を進める過程を下向と呼ぶ。このような方法が採用される前提的な了解としては、社会は、時代を超えて通底的に貫通する一般的法則と特定の条件でのみ発現する特殊歴史的法則の複合であるという認識がある。 上向の過程では、下向分析の結果として得られた、当該社会の総体的把握に必要な限りで最も抽象的・一般的な要因から再び具体的かつ複雑な諸現象が理論的に再構成(説明・叙述)される。 総体的把握と下向・上向の総合はどちらも、確かにマルクスの方法であるがその一部に過ぎない。この二つだけなら、実は古典派と変わらない。 マルクスは古典派が無自覚的に実践していた「最も科学的な経済学の方法」を整備してなぞっている。しかし、マルクス自身は、それによって「最も科学的な経済学」を完成することを目的にしていたわけではない。彼は、むしろ「最も科学的な経済学」の限界を暴露することで〈経済学〉そのものを批判すること、それによって〈歴史の学〉を打ち立てることを目指していたのである。それは、社会の生成・発展・消滅と再(新)生成の理論である。つまり、マルクスの〈歴史の学〉は、実際に人間たちが歴史を作るための理論なのである。人間たちが自分たち自身の関係それ自体に働きかけるための理論である。 これに対して古典派の「科学的方法」は、対象知の把握のための方法にとどまる。認識主体の外に自立して存在している対象をあるがままに捉える方法である。このような知の対象は、常に自己を再生産する存在として認識される。運動が見出されるにせよ、それは曲折を経つつも結局は自己の「本来の姿」に帰還するものとして描かれる。資本主義は、永遠不変の社会システムとして叙述され、理解される。 マルクスは、この対象知の方法(「科学的方法」)に敢えて内在することで、このような知のあり方の限界を暴露しようとした。古典派理論は、資本主義の矛盾や問題点を隠蔽するだけでなく、人間の根源的な社会実践である労働と社会的諸現象を切り離すことによって新社会形成の契機をも隠蔽する。マルクスは古典派の方法に沿って叙述を展開することで、古典派による隠蔽を暴露しながら隠蔽された諸契機を掘り起こしていく。資本主義の諸矛盾として社会変革の足懸かりが展開されていくのである。 資本論は、まさに〈疎外された労働が資本を生み、資本が自己自身を再生産するプロセス〉を単に「資本が自己自身を再生産するプロセス」としてのみ叙述する古典派を古典派自身の方法に即して叙述展開しながら古典派の論理的矛盾を指摘し、さらにそれを実在する社会的諸矛盾(そのもっとも根源的なものが〈疎外された労働〉)から説明し、資本を生み出さない社会を形成する手がかりを明らかにしたものである。 このようなマルクスの方法の最大の問題点は、相手を批判するために敢えて相手の方法に従うというこの弁証法的方法がしばしばマルクス自身が相手の方法を全面的に肯定しているとか、あるいは、その方法は論敵の方法ではなく、マルクス自身の方法なのだという誤解を招く点である。 資本主義と社会主義(むしろマルクス自身は「協同組合的社会」「アソシエーション」と呼ぶことが多かった)の決定的な相違点は、資本・賃労働関係の有無にある。言い換えれば疎外された労働の有無である。 資本主義では、労働力は商品化され、労働力の所有者は時間決めで自分の労働力を他人に売る。すなわち「レンタル」する。この結果彼の労働力を消費して行われる労働の内容は、買い手である資本家の支配に服することになる。 他方、アソシエーションにおいては、労働力は商品化されることなく、生産手段同様に協同利用の対象として扱われ協議にもとつき協同で支出・発揮され、労働も自発的協働として発現する。