本日、家族のハムスターの葬儀と火葬を行いました。 遺骨を骨壷と分骨壺に分けました。 分骨壺にはたくさん色々な所へその子と行きたいという思いから足部分のみいれました。

げっ歯類、ウサギ | 葬儀348閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">500

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回答ありがとうございます。 ハムちゃんが幸せだと思ってくれていたらすごく嬉しいです… 私も宗派などに詳しくなく、なので推測でも構いません(*^^*)

ThanksImg質問者からのお礼コメント

数日に渡ってお話を聞いて頂きありがとうございました^^* 他の方の意見もありましたが、私は回答者様と考え方が近かったので決めさせて頂きました。 そのおかげで少し気持ちが楽になりました。 本当にありがとうございます。 虹の橋で兎ちゃんとハムちゃんが仲良くしてくれていたら良いな〜( *´꒳`*)

お礼日時:2023/12/7 21:42

その他の回答(3件)

まずはお悔やみ申し上げます。 仮装したお骨は極限まで乾燥したカルシウムの塊なので擦れあうと粉や粒状になっていきます。 もし骨を綺麗な状態で保存したいのであれば持ち運ばずにお家の冷暗所に保管されることをお勧めいたします。 心無いことを書き込んでいる人がいますがオキニされませんように。 面識もないその人や私が苦しんで死のうがあなたにとってはどうでも良いことですし、家族ですらないような人間の骨なんてゴミ以外の何者でもありませんから。 あなたにとっての家族はそのハムスターであり、大切な宝物ですから思い出と一緒に大切にしてあげてください。 心無いことを言える人は自分が生ゴミとして処分されてもかまわない考え方の人ですからキニされないでください。 霊能力がある人は「動物は死んだことが理解できないからそのばで彷徨い続けるなんていうひともいらっしゃいますがどうなんでしょうね。 私は目が見えないので霊どころか動物自身の色や形すらも見えませんから触れられないものは存在しないも同然です。 見える人には見えるのでしょうかね。 これを良いように解釈すれば「肉体がなくともハムスターはあなたと共にいる」という考え方もできますね。 昔、カメラは「魂の一部を吸い取る機械」なんて恐れられていました。 移す時も左右が反転するために着物の襟を左右逆にして着込んだりしていたようです。 この着物の着方は死んだ人がするものなのでそれが原因で魂を抜かれるなんて言われたんでしょうかね? もし、これが本当なら写真にも魂は写り込んでいるはずです。 なので、持ち歩くのはお骨でなくとも写真でも良いのではないかと思ったりもします。 ロケット(写真を入れるペンダント)やキーホルダー(セリアで売ってます)にハムスターの写真を入れて持ち歩かれてはいかがでしょうか。 幸いデータさえあれば写真は何枚でもコピー可能です。 しかしお骨は唯一無二のオリジナルしか存在しないため崩れてしまっては元に戻すことはできません。 足だけ連れ出すのはどうかと悩まれるくらいであればお骨はお家に置いておいて、フィギュアや小さなぬいぐるみを鞄に取り付けることをお勧めします。 幸い、ハムスターはこの手の商品のラインナップが豊富なので入手しやすいのも理由の一つです。 骨を見て現実に苦しまれるより生前の姿を見ながらお出かけした方が楽しいかもしれません。 あなたの見ていたハムスターは「お骨」ではなく「生前の姿」なのですから。 気持ちの整理がつくまで時間がかかると思います。 いろんなところに行って、いろんなことを話かけてあげてください。 気持ちが落ち着いてきたころにお骨ををどうするかゆっくりと考えれば良いのではないでしょうか。 海外のどこか忘れましたが、お骨や仏の一部を体内に取り込む(食べる)ことを供養としている地域もありますし、岩山のてっぺんに遺体を安置して鳥に食べさせるなんて地域もあります。。 日本では信じられないような行為ですが、彼らにとっての供養はこれが正しいことなのです。 なので、宗教的な形式にこだわらず、周りの意見は参考程度にとどめてあなたがやりたいようにされるのが一番かなと思います。 もし、私のことを愛してくれる人が私の骨を持ち歩いていたらと想像するとなんだかこそばゆい気持ちになりました。 「そこまで愛してくれるのはめちゃくちゃうれしいけど、なんか他のものなかったんかい?それ俺の誰にも見せたことのない大事な部分よ?」、みたいな。 1日でも早くあなたの心が安らかになる日がくるよう祈ります。

今のあなたにちょうど良い一休さんの話がひとつありました。 ある時、一休さんが葬儀でお経を挙げていたそうです。 参列者は皆泣いてばかりで誰もお経を聞いていませんでした。 ムッとした一休さんは読経を止めて横で寝ている仏様の頭をいきなり槌で叩いたではありませんか。 それを見ていた人たちはたいそう驚き、そして怒ったそうです。 ですが、一休さんは無視して仏の耳元で大声でこう言いました。 「おーい!聞こえてるかー?」 仏が返事をしないことを確認してこう言いました. 「聞こえてないみたいだな?じゃあ私は必要ないな?」ト。 唖然とする人々を尻目に部屋から立ち去る一休さんなのでした お葬式が誰のために行われるためのものなのか、仏とは何なのかを考えさせられるお話です。 あなたがこのお話をどう解釈されるかは分かりませんが、少し考察してみてください。 きっと答えはあなたの中にあると思います。

動物は人間と違い、自分の顔を知りませんし、死ぬということさえわかっていません。 人間で例えれば、切った髪の毛を質問者が拾って骨壷に入れて持っているようなもので、ハムちゃんには永遠に理解されないでしょう。質問者が見えないだけで、ずっと質問者の周りで動いていそうです。 骨は人間と同等にすると、動物は肩身がせまい思いをしそうですので、クリーンセンターなどにもある、合同の動物のお墓に骨を全て入れてあげるべきです。 骨壷など持って帰ってきたところで、何年もすれば悲しみも忘れほったらかしになるのが目に見えていますし、良いことないですよ。動物より、ご先祖様を優先すべきですので。

回答ありがとうございます。 確かに、ハムちゃんに理解されない行動かもしれないですね。 遺骨を持ち出さなくてもついて来てくれるかもしれない。そうかも知れないですが、遺骨でもその子自身がお外に出れたらと思ってしまいました。 肩身が狭い思いをしそう。それは考えていなかったのでありがとうございます^^* 納骨堂へは時間は掛かりそうですがいつか 入れるつもりです。 私の祖先は分からないので、ハムちゃんだけを優先できる状態です。

どーでもえーわ!好きにせい!! あなたは典型的な「遺骨ビジネスのカモ」ですね(笑) サンマの塩焼きの骨も、ケンタッキー・フライド・チキンの骨も大事にしてやれよ!化けて出るぞ!!