これだけテクノロジーが発達して、何でも簡単に手に入る便利な世の中になったのに、将来に対して不安を抱えてる人たちが多いのは何故だと思いますか?

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本などで知識として先人の経験を生かす事が出来ます。そのような準備が出きてる人たちは将来に対する不安があまり無いという事ですか? また、そういう事をしない人間は何故不安になるのでしょうか?

ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さんありがとうございました。

お礼日時:2023/12/8 9:57

その他の回答(3件)

便利と引き換えに失ったことが多く、そのため生き甲斐を失ったのが原因かなと思います。我が家の後期高齢者の夫婦2人も、将来の不安ばかり抱えているようですからね。恐らくこれも、昔と違ってやることが少ないからでしょうね。 便利さというのは、時間や労力を節約できるので、時間と体力が確実に余るはずです。つまり、そもそもこれだけ便利な世の中になったのは、それだけ余分な時間を必要とし、体力を温存して余暇や楽しみのために取っておこうとしたためですよね? 私の考え方は、時間や体力以上に余暇や趣味、楽しみを得るのは本人の工夫や考え方、生き方次第だと思うのですが、仕事や子育てや家事が苦痛でもともと日常を楽しめない人たちが、仮に時間が余って労力が軽くなろうが、恐らく何もしないだろうと思うんですよね。 それも仕事に夢中、熱中しているとか、家事が絶えずやることが充実しているというよりも、出来ればラクして生きたいとか、家事なんかやらないで遊んでいたいと日々心の中で考えていれば、日常で夢中になる、熱中して時間を忘れるなどあり得ないのではないでしょうか? 戦後、日本は本当に焼け野原で何もなく、日本人は必死に働き、誰もが豊かな生活を夢見て日常を必死に生きたと思います。そこには復興という大きな目標を誰もが持っていたからではないでしょうか? ところが我が家の両親を見ていると、ご飯は炊飯器に任せて自分はテレビ、食材を買うのが面倒だから冷凍食品ばかりを選んでチンして食べ、料理は面倒くさいといつも同じ加工食品ばかり口にします。当然栄養は偏り、両親とも慢性疾患患者です。加えて運動は辛いと若い頃から何もしません。 洗濯も洗剤と衣類を家電に放り込んで後はテレビですし、苦労なく日常を生きていますが毎日、不満と不安ばかりのようです。一つも懸命にやりきったとか、一生懸命ダメでも頑張ってみようという気概は感じられません。つまり、やる気がないのです。 年金は自動で振り込まれるし、現役で働いている時代も給与は消費に回って若い頃はそれなりに外食や旅行で遊んでいたようです。ところが、洋裁とか料理とか家事とか、そういう基本はすべて家電任せで、逆を言えば便利な道具がないと生きていかれない人たちです。 年金ばかりじゃなく財産も残して潤沢に、しかも結構裕福な人達のはずなのに、何故か幸福には見えません。病気や治療をしている時以外に、生きている実感は感じられないみたいに、私からは見えますね。 結局のところ、我が家の両親も現代人も、なにかに依存し自分でやらずに人任せ、道具任せ、便利なもの任せで、自分で努力し、何かを達成したり、それをしようと目標や努力をするということが無くなり、あって当たり前、簡単なのが普通と、頭も体力も必要としないことばかりするようになってから、不安や将来を心配する様になったんではないでしょうか? 私は幼少期から病気ばかりで入院経験も小学生の時に、手術2回で経験があるし、病気の治療で義務教育は満足に受けることは出来ませんでした。友達も少なくイジメもあったし、人見知りで自分をうまく表現できないので、生きづらさをいつも感じていましたが、今はその反対になっています。 やはり他人や家族に相談ができないし、家族も病気の私を卑下していたくらいなので何でも自分で始末するのが癖となっています。だからなんでもすぐ覚えますし、仕事でも手際が良かったですね。お陰で上司からの信頼は同僚からの友情以上に厚いものがありました。 私はあまり人を信頼しない代わりに、自分のことは自分でやるので両親と同居しても、全くの別世帯で一人暮らしを続けています。仕事を早期引退してからは、洋裁と趣味の散歩、料理などで、日々楽しいですが、自分の親を見ていて暇そうだなと思っています。 私は元々一人暮らしの時代からお金を浪費するのが嫌でしたから、とにかく節約して一つでも多く食材を買うとか、工夫して服を買ったり、趣味のレコードを買ったりで交際費まではお金が回りませんでした。そのため、自分のやることは日々多く、代わりに人と遊んでお金が飛んでいくことは全くありませんでした。両親の若い頃とは真逆の生き方です。 今は時間もあるし健康で体力も有るので、自炊はすべて家電を使いません。ご飯はガス釜で炊くし、洗濯も一人分なので手洗いです。その方が楽しいですね。同じく、時間も体力もあるから出来るだけ交通を使わず徒歩なので、土地勘もあるし、とにかくいろんな場所を知ってます。よく出かけるので、お近所さんとも話す機会が多いです。そのため、テレビを眺める時間はありません。 将来のことなど真剣に考えたところで、人間どうなるかなんて、震災を見れば予想なんてつかないじゃないですか?だから私は、日々懸命に生きればそれで満足できるんじゃないかなと、ポジティブにとらえてますね。そもそも毎日やることが多いし。 まとめれば、結局のところ、いくら便利になろうが人間の生き方はそんなにバリエーションが多いわけじゃなく、与えられた仕事、今目の前にある課題や問題に前向きに取り組んで、目標をクリアして生きるのが正解だと思うんですよ。それに対して面倒だとか文句を言ったり、不満ばかりで何もしなければ、時間と体力はいずれ時が経てば歳をとって足りなくなりますから、それだけ何も出来なくなるのは明白です。 私は現在50代後半ですが、これからの老後も今現在の延長に過ぎないので、特に将来を意識していることは皆無ですね。自分で健康を食事から管理しているので、特に心配はないです。

長文ありがとうございます。貴殿の指摘された内容はとても本質をついてると思いますが、人々が抱いてる不安(特に若い世代)はそういう事ではないと思うのですが…。

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2023/12/3 7:41

無くなるからです。 科学技術がいくら発展してもエネルギーの無限機関というものは存在せずいつか無くなることがわかっています。 軌道太陽光発電の完成や完全リサイクルによるサステナブルな社会を構築すれば人々は不安に感じることはなくなると思いますが、現状の大量消費大量二酸化炭素排出を前提とした社会では不安が増えることはあっても減ることはありません。

今の世の中、テクノロジーが発達して、更にどんどん良くなるだろうと楽観する人より、人類は後何千年持つだろうかと悲観的な人の方が多いと思います。 地球温暖化、核の脅威、食料不足や紛争で避難民の増加、資源の食い尽くし、上げればキリがない程です。