織田信長の「是非も無し」はどのような意味でしょうか? 何に対しての言葉でしょうか? 皆さんの回答お待ちしています。

補足

皆さん回答ありがとうございます! 私の質問の「是非も無し」は「是非に及ばず」だったかもしれません。 私に合わせて回答してくれているかもしれませんので、BA決定には左右しません。 言葉そのもののは(細かいところは)同じとして回答お待ちしています。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さん回答ありがとうございました。 ↓気になりました。 ネズミ一匹見当たらなかった・・・

お礼日時:2009/9/17 0:11

その他の回答(3件)

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「是非」は「出来るか出来ないか」の意味かも知れないし、「良いかダメか」の意味にも取れます。 一般的には信長のあきらめの言葉、「もうしょうがない」と言う意味だと解釈されていますが、これは「本能寺から脱出出来るかどうか」または「明智軍を撃退できるかどうか」が「是非もない」あるいは「是非に及ばず」だと理解されているのでしょう。「考えるまでもなく絶望的だ」という意味です。 ただ、「是非」の対照を、謀反を起こした明智光秀本人に向けたのだとすると、若干ニュアンスが変わってきます。 例えば、周囲の側近達が「おのれ光秀め!」など口々に憎しみの言葉を発するのに対し「是非に及ばず」と言ったのなら「つべこべ言わずに戦え!」という意味になります。 個人的には後者の方が信長らしくて良いと思いますが、どうでしょう。

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信長は異論があるかもしれませんが、厳格な合理主義者です。比叡山焼き討ちも、旧体制・旧勢力を打破するためには極めて合理的な戦略です。一見、狂気と思えることも、その裏には戦略的な構想を抱いての行動と考えられないことはありません。 そう考えると、信長の光秀に対する国替え等の仕打ちも何らかの意図があると考えられます。 信長が天下統一後の政権構想をどのように考えていたかはわかりませんが、身分・出自・資質等を考えると光成は織田政権にとって中枢を担うべき者であったことは間違いありません。(林・佐久間と同格ではない)戦後を見据えて、功と覇気を光秀に与えるために光秀に対して厳しく接したのではないかと考えます。とりつぶすのが目的なら、適当な罪状で光秀を処罰すればよかった、大きな期待をかけていた証拠だと思うのです。 「是非もなし」は本当に言ったかはあやしいものですが、光秀が謀反をすることを予測していた発言とも思えます。 なぜ想定しながらそう仕向けるような行動をとったのかは前述の理由ですが、それでも良いと考えていたのではないでしょうか?話が前後してしまいますが、謀反のリスクを想定しないで光秀にああした仕打ちをするとは考えられません。なにらしかの期待を込めており、その筋書きがうまく運ばずに謀反になったことを仕方がないと言ったのではないでしょうか。光秀が謀反をするのは無理もない。彼ならそうするだろうな、といった意味で。或いは、光秀に裏切られるならしょうがないといった意味で。

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一般には 「自分が最も信頼し、近衛師団長と言える役割を任せていた明智光秀が背いたとあっては、もはや逃れる術はない。思い切り戦って死ぬしかない」 という 「信長が全く想定していなかった理由で、自分の命がまもなく尽きることを覚悟したことを、本能寺にいた側近たちに告げた」 言葉と解されているでしょう。 その後、信長の側近たちはほぼ全員が明智軍と戦って討ち死にし、信長も本能寺を出ることなく死んだとされています。 明智軍は、本能寺にいた商人や公家たち(前日に茶会を催したので、本能寺に宿泊していた)や、女性たちが逃れるのを許しましたので、信長の側近で逃げたいと思った者が逃亡できる余地はありました。しかし、そうした例は記録されていません。 信長が「是非もなし」と言って死ぬ覚悟を決めた以上、側近たちも信長を守って討ち死にする覚悟を固めた結果と解します。

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