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そば屋には満留賀という名前の店が多いですが、暖簾分けを始めた最初の店はどの店...

katsukatsu1985さん

2009/9/1612:49:21

そば屋には満留賀という名前の店が多いですが、暖簾分けを始めた最初の店はどの店でしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

kjghutuさん

2009/9/2320:32:14

【のれん満留賀の由来】

当のれんの創業者、加藤豊造氏は愛知県宝飯郡御津村より
明治26年上京、当時の下谷区佐竹通り「三河屋そば店」に奉公に入り、七年間の修行を積んで明治33年3月当時の芝区宇田川町に加藤の加に○を付け「(加)三河屋」として開店しました。
ところがその後「(三)三河屋」という屋号のそば屋ができたため、まぎらわしいという事で「まるか」だけにしようかと当時の本願寺僧で後の文部大臣安藤正純先生に相談したところ「満留加」の三文字をいただき現在の屋号を掲げることとなりました。
その後のれん分けを続け今では300店舗以上を教えるにいたっております。

http://m697431.bizloop.jp/s1/

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