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ダンテ「神曲」について、原題はLa Divina Commedia(神聖なる喜劇)、 ダンテ自...

gsx********さん

2009/11/923:32:00

ダンテ「神曲」について、原題はLa Divina Commedia(神聖なる喜劇)、
ダンテ自身は単にCommedia(喜劇)と題していたようですが、
現代の日本語の感覚では、この作品に「喜劇」とはどうも合わない気がします。

(悲劇ではない → 喜劇)の意味ともありますが、
当時のイタリア語の意味としては、作品の世界観にマッチしたものだったのですか?

何か別に深い意味をこめて、わざわざ「喜劇」とした、
と考えるのは深読みし過ぎでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

bet********さん

2009/11/1001:50:11

ダンテ本人が書簡の中で、題名の『Commedia』を説明(正当化)しているようで、そのラテン語で書かれた手紙のイタリア語訳を日本語に訳すと次のようになります。

「Commedia、なぜなら中世修辞学の学説が「comico(喜劇的)」なジャンルを構成するものとして掲げていた二つの要素―一つは内容に関する要素でもう一つは形式に関する要素―を採用しているからだ。
(内容に関する要素としては)は始まりが悲しく(暗く)、結末が明るいこと。初めは作品が地獄を扱っているために恐ろしく陰鬱なものであるが、結末は天国を扱っているためによいものであり、望ましく歓迎されるものであること。」
「(形式に関しては)卑俗で虚飾のない文体であること。」「使用言語に関しては、卑俗で飾りがないのは、女性たちも使用する俗語の話し言葉を用いているからである。」

とあります。(以上、引用は次の書物からです。
Testi nella storia. La letteratura italiana dalle origini al novecento 1 (Mondadori)

イタリアの大学や語学クラスのさまざまなコースで先生方がおっしゃっていたことも大体同じで、「当時の修辞学では『喜劇』は初めが悪くて、よい結末をむかえるものであり、表現が卑俗なものも使えて自由であった一方、『悲劇』は初めはよいのに悪い結末を迎えるもので、高尚な文体が要求されていた。地獄で苦しむ人々の様子を現実的に描くためにも、また当時のフィレンツェの話し言葉を中心とする当時実際に話されていた言語を使って書いたためもあり、文体としては「卑俗」な文体、『喜劇』のジャンルにあたる文体を使用していたため、また内容としては「始まりが悪く終わりがよい」ために、『喜劇』という題をつけた」というのが、どの先生もおっしゃっており、またたいていの『神曲』の本の説明に書いてあったことです。

わたしたちには変に感じられるのは、たぶんこのダンテが用いたCommediaの意味と、日本語の「喜劇」という言葉の意味が微妙にずれているからだと思います。日本語の「喜劇」は何だか明るい笑いを誘うものを連想させますが、イタリア語でのCommediaは「よい結末を迎える作品」、あるいは先述したような中世などの独特の文体、作品形式を意味しています。

そういうわけで、現代の日本語の感覚で「喜劇」と題するのがおかしく思われるのは、わたしたち日本人が一般に「喜劇」と聞いて連想する作品の性質と、イタリア語のcommediaが意味するものがずれているからだと思います。

というわけで、とくに何か深い意味をこめて「喜劇」としてわけではないと思います。個人的には(あくまで個人的です)、こういうごく単純な分かりやすい題をつけることで、作品が地獄から天国へと向かって終わるように、人間の一生も、自分の意思次第で「よい結末を迎える」Commediaになり得るということを、訴えてるのかもしれないなどと推察します。

次のリンク先の一つ目の記事の後半に、『神曲』やダンテが使用した言語などについて書いてありますので、興味がおありでしたら、もぜひお読みください。
http://www.geocities.jp/naoko_ishii/vol18.14_8_2009.html

質問した人からのコメント

2009/11/11 22:48:21

お二人とも、ありがとうございます。
なるほど、言葉の意味のズレですね。
メルマガを見ました。
韻律の話など興味深いです。
ほんの少し原文に接した気がして良かったです。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

pia********さん

2009/11/1000:27:09

平川訳(河出文庫)で、作者がつけた題名について、たしかそのように書かれていました。

以下はあくまで推測ですが。
まず、ダンテの古典に対する理解として、「悲劇」は厳格な形式を持った韻文で歌われる、格調高いギリシア悲劇の模範的な作品が念頭にあったのかもしれません。
"Commedia"とつけたのは、自分の作品が、ギリシア悲劇のように厳密な形式を取らないで、自由奔放な想像力にまかせて書いた作品、同時代的な風刺・皮肉、内容のおもしろおかしさなどを含んだ韻文として、「喜劇」Commediaと名付けたのではないかと思います。
あるいは、古代ローマ「喜劇」のような、同時代的な風刺・皮肉を盛り込んだ作品ということが念頭にあったのかもしれません。

「地獄篇」だけを読むと、自分の嫌いな人物を「地獄」に落として揶揄してみたり、「喜劇=コメディ」の要素があります。でも、現代のふつうの日本人の感じ方として、この作品のどこか「コメディ」なのか、たしかに違和感があります。
おそらくルネサンス時代のイタリアでも、カトリック神学の教義と世界観に基づいて描かれている作品が、ふつうの「喜劇」とは思えなかったので、divinaとつけられて広まったのかもしれません。

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