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連合赤軍ってなんですか?

jaj********さん

2010/2/1713:05:20

連合赤軍ってなんですか?

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hau********さん

2010/2/1713:22:30

1971年、学生運動が下火になっていた当時、共産主義者同盟赤軍派は大菩薩峠事件やよど号ハイジャック事件などで最高幹部クラスが逮捕されたり・国外逃亡したりして弱体化していた。同派はM作戦(金融機関強盗)によって資金力はあったが、武器がないのが弱点であった。 一方の日本共産党革命左派神奈川県委員会(京浜安保共闘)は真岡銃砲店襲撃事件などで猟銃を手に入れていたため武器はあったが、資金力がなかった。 互いの活動を評価していた両組織は以前から接近していたが、それぞれの利害が一致したことから、共産主義者同盟赤軍派の軍事組織である中央軍と京浜安保共闘の軍事組織である人民革命軍が統合し、統一された「赤軍」(統一赤軍)として7月15日付で生まれた。

赤軍派幹部の一人である森恒夫は当初から党の統一を志向していたが、獄中の日本共産党革命左派神奈川県委員会議長である川島豪らの強い反対で連合赤軍に改称された。なお一部の報道やメディアでは、日本赤軍と呼ばれることもある。

1971年12月20日ごろに新党結成が確認され、翌1972年1月3日、独自の中央委員会(CCと略される)が結成される。中央委員会は委員長が森恒夫、副委員長が永田洋子、書記長が坂口弘、その他中央委員は序列順に寺岡恒一、坂東國男、山田孝、吉野雅邦の4人であり、中央委員会のメンバーは計7人であった。しかし、組織の方針は森と永田の独裁体制であった。

連合赤軍は拠点になる秘密基地を作るために、関東地方の山岳地帯へ移動を開始する(森は毛沢東にならって長征と称した)。そして、軍事訓練と称した集会を開始するが、たちまち内ゲバが始まり、組織は崩壊していった。

1971年12月31日以降、連合赤軍は、山岳ベース事件とあさま山荘事件の二つの重大事件を起こす。これらは連合赤軍事件と呼ばれる。

山岳ベース事件は、あさま山荘事件などで逮捕された者らの自供により明らかになった大量殺人事件である。これは、警察の捜査網から逃れるため山中に山岳ベースと呼ばれる山小屋を建設して潜伏中に、「総括」(詳細は後述)と称して連合赤軍内部で粛清が行われたもので、集団リンチを加えて12名を殺害、死体遺棄した。また、日本共産党革命左派神奈川県委員会は、連合赤軍結成以前に党を脱走した20歳男性と21歳女性の2名を殺害している(印旛沼事件)。

あさま山荘事件は、山岳ベースから逃亡した連合赤軍メンバーが、企業の保有する宿泊施設を占拠して起こした篭城事件で、銃器で武装した若者らは9日間にわたり警察とにらみ合った。この模様はテレビで中継され、社会に強い衝撃を与えた。

連合赤軍メンバーは、クアラルンプール事件の際に超法規的措置で釈放・国外逃亡した坂東國男と、拘置所で自殺した最高幹部の森恒夫を除き、15人のメンバーに判決が確定した。

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kok********さん

2010/2/2416:08:42

日本共産党は地獄の悪魔の恐怖の独裁政党です。日本共産党の天敵は教育研究会未来の主宰の北村弥枝です。

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