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三大秘法の疑問 日蓮大聖人は、弟子信者に対して、どんなことも細かく解りやすく...

n7d********さん

2010/3/419:14:33

三大秘法の疑問
日蓮大聖人は、弟子信者に対して、どんなことも細かく解りやすく説明する、お方でした。
しかし、本尊については
大変解りにくくて、皆が
バラバラの御本尊を祈るようになりました。
日蓮宗 日蓮正宗他
全部違います。
日蓮大聖人は何故はっきりとした本尊を御書に
残さなかったのか?
六老僧にしても、だれが
頭になるのかも、はっきりしませんでした。
日蓮正宗も血脈鈔はとても大事中の大事なはずなのに、真筆が残っていない。捨てたのか、嘘なのか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2010/3/501:29:51

日蓮遺文集の中で最も権威ある書と言われる『昭和定本日蓮聖人遺文』に収録されている遺文の総数は434遍にのぼります。
その中で、日蓮真撰とされているものが222編、真偽未決のものは157編、明らかな偽書と断定されているものは55編に及びます。
日蓮遺文の中で真筆が完存しているものは真偽の問題から除外して、上代の時代写本が現存するものは粗真撰であろうとされていますが、真筆も時代写本も無く録内、録外にも掲載されていない遺文と伝承されるものは厳しい文献考証を経なければ、日蓮遺文であるか否かは解かりません。

さて、「本尊」の問題は日蓮門下の各宗派の教義学の込入った問題なので触れないことにしますが、日蓮の佛教思想を知る上で、彼の図顕した文字曼荼羅(妙法曼荼羅)の研究は欠くことのできないものだそうです。
現在、間違いなく日蓮真筆の曼荼羅とされるものは、総数123幅になり、その内訳は文永期25幅・建治期21幅・弘安期77幅と弘安期の曼荼羅が過半数を占めます。

勿論、日蓮遺文と同様に、所在不明のものや既に滅失したものもありますし、調査に非協力的な一部の寺院もありますから、これが全てではありませんが、しかし、それらの曼荼羅には年代順を追って儀相の変遷が見られ、日蓮遺文の思想の発達と対応していることが確認されます。
また、曼荼羅には顕示年月が記載されているものと、未記載のものがありますが、記載されているものには一例の例外も無く、必ず干支が記載され、現在、日蓮真筆と断定されている曼荼羅は全て紙幅のものです。
また、多くの曼荼羅に「未曾有の大曼荼羅也」(万年救護の本尊は「大御本尊也」)と書かれており、何も大石寺の「本門戒壇本尊」だけが「大御本尊」ではないのです。

日蓮の遷化前後の様子を記録した白蓮阿日興筆の『宗祖遷化記録』には「六老僧」のことが書かれていますが、「不次第」と書かれており、誰かを自分の唯一の跡目だとは書かれていません。
これは日興真筆が完存しており国の重要文化財に指定されています。

所謂、日興のみが日蓮の「正嫡」だとする『二箇相承』なる相伝書も、真筆はおろか時代写本も無い代物で、現在西山本門寺と京都要法寺に後世の写本と伝わるものが存在しますが、年月日が記載されているものは日蓮の晩年の旅程との日付けが合わず、月日が未記載のものもあり、日興始め日興の弟子の日代の書簡にも記録が無いので、そのような相伝書は始めから無かったと見たほうが無理が無いとの指摘もあります。
この『二箇相承』は重須(北山)本門寺にあった正筆が戦国末期の武田の兵乱で散逸したとされていますが、要法寺側の記録との相違が見られ、北山本門寺の見解とも相違しますので、極めて怪しいと言わざる負えません。
その他、『日興跡条条事』にも、著しい改竄の痕跡が認められています。

「本状は置状、譲状としては年号のないことや、全体の筆使いから、日興上人筆には疑義が提出されている」
(『日興上人全集』P130)
『日興上人全集』には大石寺所蔵の正本の写真が掲載されていすが、大石寺が現物の公開を拒んでいるので、疑惑が深まっています。
また、大石寺59代堀日亨は以下のように述べています。

堀日亨の註
「おおよそ四字は、後人故意にこれを欠損す。授与以下に他筆をもって「相伝之可奉懸本門寺」の九字を加う」と改竄(削除・加筆)があることを認めています。
また、日興花押は他の日興筆のものとの相違が見られ、後世の似せ書文書では無いかと訝る研究者もいるほどです。

皮肉なことに、日興の遺文の研究から日興の正嫡を自任する宗派の、自宗の正統性を主張する為に行った後世の捏造・改竄が明らかになりつつあります。
要するに、始めから無いものが残っている筈がないのです。
殊に、無くてはならないものだけが、見事に全て残っていないと言うのは不思議?としか言いようがありません。
なるほど、永い年月の間には、貴重な資料も少しずつ消滅するでしょう。
しかし、日蓮よりも遥かに古い貴重な文書が多く残っているのですから、自宗の正統性を主張する上に於いて欠くべからざる文書だけが、ただの一つも真筆が残っていないと言うのは理解に苦しみます。

ご参考まで。

「嘘」と言うと角がたつけどね。自流の正統性を主張する為に、後世の末流達が宗祖・派祖の事績を粉飾するというのはよく有ることなのです。

質問した人からのコメント

2010/3/5 21:16:53

詳しく教えて頂きありがとうございました。

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kh1********さん

編集あり2010/3/517:46:09

>バラバラの御本尊を祈るようになりました。

血脈の切れた日連宗系がバラバラなだけです。

>日蓮大聖人は何故はっきりとした本尊を御書に
>残さなかったのか?

御書は対告衆によって御指南が違いますので、
血脈の無い宗旨は真意が拝せませんので解らないだけです。

>六老僧にしても、だれが頭になるのかも、はっきりしませんでした。

はっきりしています!第二祖日興上人様です。


>日蓮正宗も血脈鈔はとても大事中の大事なはずなのに、
>真筆が残っていない。捨てたのか、嘘なのか?

血脈抄は相伝書です、外部に流出している方がおかしいくらいです。
流出した相伝書は、時代時代において邪説がはびこり、
正しい唯授一人法体血脈の宗旨における僧俗が邪説に惑わされない為に
時代時代の御法主上人様が宗内僧俗に対して
御指南されたものが流出したのではないでしょうか。

wol********さん

2010/3/423:28:41

日蓮正宗信徒の者です。

大聖人の御書のほとんどが
もともとは、御在世当時の信徒等に個人的に宛てた手紙です。

それを大聖人が御遷化された後に
日興上人ら後世の方々が必死に集められたことで
何とかあの量にはなっていますが
すでに捨てられていたり、読めない状態になっていたものも多く在ったと聞きます。

また、手紙として一度は人手に渡っていたり、

すでに対峙しあう各派が有り、分かれての所持もありましたので

個々の都合による改ざんが加えられていないとも限らなかったでしょうし

紙ですから、劣化の激しいものは当然、他の紙に書き写していたと思います。


だからといってはなんですが、御真筆の有無や
御書の御文の記載うんぬんで議論するのには限界があると思います。

あまり詳しくないのでこの位のことしか書けず
申し訳ありませんが宜しくお願いします。

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