ここから本文です

18世紀のフランス・パリの魅力は何ですか? 「ベルサイユのばら」の中で、マリ...

apf********さん

2010/4/2202:34:49

18世紀のフランス・パリの魅力は何ですか?
「ベルサイユのばら」の中で、マリー・アントワネットは何故、
あんなにもパリに行きたがったのですか?
貴族にとっての楽しいパリの遊びを教えてください。

閲覧数:
740
回答数:
2

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

sei********さん

2010/4/2419:50:42

ヨーロッパ文化の中心地だったのだと思いますよ。
大勢の人が訪れるため、いろんな思想や芸術や文化が行き交っていたのでしょうし、芝居や賭博場やダンスホールや飲食店や娼館があって…(パレロワイヤルやオペラ座はその象徴みたいな場所ですよね)貴族でなくても楽しめる場所だったのでしょう。今のNYみたいな物でしょうか。
アントワネットがパリに行きたがるのは、窮屈なベルサイユから抜け出したかっただけではないでしょうか。
若い彼女にとってパリが快楽の象徴なだけで、パリに飽きるとまた次の楽しみを見付けますよね。

質問した人からのコメント

2010/4/26 17:16:51

降参 ありがとうございました!!「ヨーロッパ文化の中心地」という言葉にしっくり来るものがあったので、こちらをベストアンサーにさせていただきました。kenshuvさんもとても詳しく当時の貴族について書いていただき、勉強になりました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

ken********さん

2010/4/2204:17:10

ブルボン家絶対王政の時代が18世紀前半にあり革命まで40万人の貴族が居て、旧貴族( 十字軍依以来 )とブルジョア新興貴族=金で貴族の権利を買った貴族たちは 狩猟( 平民や農民に狩猟は許されていない )と観劇、宴会、博打など。
ポンパドール婦人はルイ15世の愛妾で、彼女のサロンは新興貴族やブルジョアたちで夜毎の酒池肉林だった、とか。貴族婦人と男性の不倫や娼婦が侍る館の主だったようです。
マリーアントワネットがパリに実際に行きたがったかどうか、は分かりませんが「 私は退屈がこわいのです。 」と言ったらしい。手紙には「 午後1時に昼食を済ませ、夜中の1時まではかえりません。お昼の後6時まで遊び、そのあと芝居をみます。それが9時半まで。そして夜食、その後1時まで賭博。 」でも本当は3時4時まで熱中してたらしい。

今もフランス人の絶対価値=エロ、美食。それから博打など、不倫なんかが魅惑的と言えば、魅惑的でしょうか。彼らには。夜毎の悦楽と贅沢の限りが楽しみでしょうね。現代と変わりませんね。

当時のフランス貴族はイギリス貴族の様に領地に居ることは無く、不在領主でべルサイユに寄生するか、高級官僚になって貴族化するか、商売などで儲けて金で貴族の権利を競売で買うかし、重税で領民を苦しめていたらしい。土地はもちろん領主のもの、作物の年貢のみならず、パンを焼く釜も領主の独占、ワインを窄汁したり発酵したりの醸造設備も領主独占など二重三重に領民からむしり取り、享楽にいそしむ。まあ、革命もおきるわな!

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる