小野篁の篁物語りについて

小野篁の篁物語りについて はじめまして 最近閻魔大王の手伝いをしていた?…という小野篁について興味があります。 色々有名な話があるようですが、何分飲み込みが悪いもので、いまいち理解しきれません。 馬鹿な私にも分かるように、どなたか小野篁がどのような人かご教授頂けないでしょうか? また篁物語りは妹君との悲恋フィクションだと窺いましたが、妹君に名前とかあるのでしょうか?

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小野篁(おののたかむら)は、小野岑守(みねもり)の長子として延暦21年に生誕(西暦802年)である.身長は188cmで乗馬、剣術、弓矢に秀でた腕を持っていた.性格は豪快であるが、日本の白楽天として漢詩に秀でていた.有名な話しとして、子子子子子子子子子子子子子子を、ねこの子子ねこ、ししの子子じし、と読んだことから、嵯峨天皇を感服させたそうである.平安時代に参議にまで昇りつめた人物である.また今の検察官に相当する弾正台の次官や、勘解由使(かげゆし)の長官を勤め上げた.これは群書類従(ぐんしょるいじゅう)や今昔物語に書かれている話しであるが、小野篁は閻魔第三の冥官とされている.小野系図にも書かれています.西三条ノ大臣と呼ばれた藤原良相(よしみ)が高熱にかかって死亡したときに、あの世で参議の小野篁と会ったそうである.しかも小野篁が閻魔大王に助命して藤原良相が生き返ったそうである.小野篁が地獄へ出入りした井戸が、京都五条の六道珍皇寺(りくどうちんのうじ)にある.この寺は8月8~10日が一番にぎわうが、普段は静かな寺である.また小野篁は木幡山に生えていた霊木から6体の地蔵菩薩を彫って、京都市内の六ヶ所に配置した.伏見地蔵、鳥羽地蔵、桂地蔵、常盤(ときわ)地蔵、鞍馬口地蔵、山科地蔵である.普段は地蔵は見れませんが、8月22~23日に六地蔵めぐりと言う行事がある.六ヶ所を廻って六色の御札を貰う行事である.京都市内はこの日は地蔵盆で賑わいます.現代なら原付で4時間程度で回れます.ただ車で回るのは、京都市内で駐車場の確保に悩みます.それでも小野篁は神使として活躍している話しは聞いたことない.むしろ最澄や空海や役行者や行基や日蓮の方が神使として活躍していると聞いています.

ThanksImg質問者からのお礼コメント

大変詳しく教えていただきありがとうございました。 やはり色々な話題のある人物なのですね 勉強になりました

お礼日時:2010/5/2 18:17