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アメリカ南北戦争で、北部ではなぜ国の分裂の危機をおかしてまで奴隷制に反対した...

rel********さん

2010/5/517:10:57

アメリカ南北戦争で、北部ではなぜ国の分裂の危機をおかしてまで奴隷制に反対したのですか?

道徳的な問題、南部のプランテーション経済に不可欠、保護貿易と自由貿易……
などがよく主な原因に挙げられます。

北部の工業化された地域というのは奴隷制度と相容れないものなのでしょうか?
産業革命以降は、資本家と労働者の対立というのが深刻になりました。
賃金は安く、劣悪な環境で労働を強いられたというような。
工業などの労働に奴隷制度を利用するというのはだめだったのでしょうか?

北部が奴隷制に反対し、戦争にまで至った原因が深くはわかりません。

宜しくお願いします。

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kot********さん

2010/5/518:02:09

工場労働者というのは、最低限ある程度字が書けて、算数が出来なくては勤まらないのです。
「義務教育」が何故産業革命の進展と共に普及したか、といえば、それは多くの国民が最低限の教養を実につけないと、国家経済の一端を担えないからでもあります。

また「奴隷制度」は、奴隷の家族丸抱えのある種、「家族内手工業」の流れにあります。工場ブルジョワは、それぞれの家族を丸抱えするほどの負担をしません。
プランテーション農業、綿の摘み取りみたいな単純労働なら学もいらないし、貧しいながらも奴隷一家総抱えの方が効率もいいのでしょうが、賃金工業制なら個別労働者をそれぞれ抱える方がいい。

工業第一社会は、必然的に、義務教育・核家族化を促すものなのです。
そして、賃金労働者は皆等しく「一票」を持ちますから、政治にも大きな影響を持ちます。
奴隷解放は、票を増やす、一つの方策でもあります。

また、ヨーロッパにおける市民革命によって、「個人の自由」「市民の権利」「身分の平等」が高らかに唱えられ始め、旧態依然たる奴隷制度を抱えていると、欧州に対する貿易がしにくくなったという事情もあります。
工業化は対外貿易のワンセットですから、貿易先が減ってしまうのは困るのです。

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nob********さん

2010/5/521:06:40

前の方が書かれている回答のとおり、「奴隷制反対」というのは副次的な主張であって、南北それぞれの政治対立、政党内での政治闘争、国家戦略上の工業化推進などが根底にある対立理由で、奴隷制は表向きのスローガンとして利用された、ということが分かると思います。

今の日本の歴史の教科書では、「リンカーンの奴隷解放宣言」などのキーワード暗記が優先されて、政治状況の分析、国家戦略などの部分があまりクローズアップされないので、歴史的事件の本当の理由というのを読み取ることが難しくなっています。

南北戦争の開戦理由については、現在でもアメリカで研究がすすめられているようです。
ちょっと難しいですが、wikiにも解説があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E5%8C%97%E6%88%A6%E4%BA%89%E...

mek********さん

2010/5/518:05:56

少し事実誤認があるようです。北部が保護貿易を主張したのに対し、南部が自由貿易だったのが対立の原因であり、人口が少ない為、議会で劣勢だった南部側が議会では勝ち目がないと判断して分離独立しようとしたのだ。それを北部が止めさせようとして南北戦争に至ったのです。南部は綿花をイギリスに輸出するだけですから、北部を必要としない。しかし北部は南部の市場を失っては商工業が成り立たないからです。北部が奴隷制に反対した理由は、南部の奴隷が資本家兼経営者の農場主の私物だったからです。南部の奴隷は、農場主が奴隷商人から自費で購入した私物なのです。しかし北部の工場には工場主などいないのです。工場長は、会社から工場の運営を任されているだけで自費で労働者を購入できるわけではない。労働者は会社から雇われるのです。前近代的な仕組みの南部に対して、北部は資本と経営が分離した近代的な仕組みで運営されています。だから北部は奴隷制とは相容れないのだ。北部は奴隷制を廃止することで、南部の奴隷を労働者として雇い入れたかったのです。伝統的な農業国だったアメリカでは南部が先に発展していて、北部の商工業はまだ黎明期です。これからイギリスなどの先進工業国に追いつこうとしている段階であり、まだヨチヨチ歩きで資本の集積も無いし、産業革命も済んでいなかったのだ。アメリカは19世紀中ごろにやっと西海岸に到達し、太平洋に乗り出せるようになったが、植民地も何も持っていません。だから北部の商工業者は機械化できるだけの資本もまだ蓄積できていなかったということです。つまり北部は産業機械も買えないし、奴隷も買えない。だからどうしても労働者として南部の奴隷を雇い入れる必要があります。それはアメリカは原材料、鉱物資源が有り余っているのに対し、慢性的に労働力不足だった事情もあります。だから積極的に移民を受け入れてきました。分裂の危機をおかしても南部の制度を残したままでは北部の商工業が成立しないのだ。自由貿易にすれば、イギリスの安価な製品が無制限に流入して北部のよちよち歩きの商工業は競争に負けて壊滅することになります。そうなっては意味がありません。保護貿易にしてアメリカの国内市場を守らないと北部の商工業は成り立たない。奴隷制と貿易方針を巡る南北の対立は妥協点を見出せない深刻な対立であったのだ。

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