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方言のでき方

har********さん

2010/5/2921:49:00

方言のでき方

方言はどういう風にできたのでしょう?
統一国家ができる前からある部族社会(?)の言葉が残っているとか、京都、奈良あたりの言葉が広がって現地化したとか?
これに関連して子音や母音の変化にも興味がありまして、文末の「だ」なら「や」とか「じゃ」(ぢゃ?)のような感じで、標準語と比較して変化に規則性があったりしますか?
また、皆さんの地元の言葉をいくつか挙げてください。

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iwa********さん

2010/5/2923:20:27

日本語の成立や方言の伝播などは、まだはっきりとは解明されていないのが現状ですね。明治以降の研究で仮説は何度も立てられてきたものの、まだこれといった断定できる説は出ていません。特定できない理由として、そもそも日本人のルーツ自体が特定できていない、語彙や文字など他言語からの借用が多い、古い時代における文献や民謡などの解読が進んでいないなどが挙げられます。

近年解明が進みつつある日本人のルーツから考えるならば、複数の集団が持ち込んだ複数の言語が混ざり、その上に別の言語が乗っかって融合した結果が現在の日本語だと考えるのが自然だと思われます。理由として、日本列島にはインドネシア方面(ポリネシア系言語の集団)、シベリア方面(ツングース,アルタイ系言語の集団)、中国大陸方面(シナ=チベット系言語の集団)など、別々の場所から別の言語体系を持つ複数の集団がやってきているからです。

我々の祖先は、主にフォッサマグナ(新潟県糸魚川市から静岡県静岡市を結ぶ地質の溝)を境目に東西へ移り住んだため、ちょうど中日本地域が言語の境界線(遺跡分布やナイフの形状から)となりました。現在、「しあさって」と「やのあさって」、「おととい」と「おとつい」、「べにさしゆび」と「くすりゆび」のような語彙、否定を表す「ない」と「ん」や断定を表す「だ」と「じゃ/や」、完了語尾における「た」直前の音便などの違いの境界線が、フォッサマグナ辺りで引かれるのは、過去の言語境界線の名残でしょう。主に2つの言語が融合して初期の日本語*が成立したものと考えられます。

しかし、別の言語体系を持った渡来人が畿内へ移住し、畿内を中心とする中央集権国家を建設したため、今度は畿内を中心に畿内から全国へドーナツ状に言語が広がっていきました。この広がりは、山地や河川、海などの自然によって正円になる事はないものの、ある程度の円状に広がっており、その同一の円によって結ばれた地域の方言は語彙やアクセントの面において地理的距離が離れているにも関わらず類似性を持っています。つまり元々あった言語に畿内を中心とする別の言葉が重なったのです。

現在でも、関東の人が関西の人のアクセントに違和感を覚える、関西の人が関東、東北の人のアクセントに違和感を覚える、そう感じる人は少なくないと思いますが、元々異なる言語が融合して成立したと考えるなら、当然なのではないでしょうか。これだけ豊富な方言があるのも、古代の中央集権化によって1つの言語に集約された歴史的結果によるものだと思います。

質問した人からのコメント

2010/6/5 20:31:18

感謝 みなさまありがとうございます!

ベストアンサー以外の回答

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poi********さん

2010/5/2922:10:37

周防大島出のおばあちゃんが、おらびあげる、と言っておりました(大声で叫ぶ)。
これはどうも古語の名残のようです。

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