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日清戦争後、清国が日本に支払った莫大な金額の賠償金は

new********さん

2010/6/322:35:05

日清戦争後、清国が日本に支払った莫大な金額の賠償金は

ロシアからの借金だったって本当なんですか?

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coo********さん

2010/6/816:11:05

>ロシアからの借金だったって本当なんですか?
ロシアだけでなく、フランス、イギリス、ドイツからでした。


清国は、賠償金の支払いに巨額の借款が必要となった。

1895年(明治28年) 露仏借款4億フラン(15,820千ポンド)
1896年(明治29年) 英独借款16,000千ポンド
1898年(明治31年) 英独借款16,000千ポンド
これらの合計は、対日要支払額38,083千ポンドを1千万ポンド近く上回るが、清国としてそれ以外の対外支払いの必要も当然あったと考えられます。


こうした巨額の借款は、単なる借款にとどまらず、種々の経済的利権、さらには領土的利権=領土の租借というさらに拡大した別種の負担を誘発する結果となり、いわゆる「中国分割」といわれる事態を招きました。

日本への賠償支払いのための借款が端緒となった(少なくとも対日賠償がその重要な引き金になったことは間違いない)列強の中国の「利権と租借の」拡大について、
露清銀行の創立
露清密約と東清鉄道協定
ビルマ鉄道の雲南延長
ドイツの膠州湾占領とその租借
ロシアの旅順軍港占領、旅順、大連湾租借
イギリスの威海衛租借。
・・・藤村道生著「日清戦争」(岩波新書)から


補足
賠償金は二億両七年年賦(7年の分割払い)だった。なので上記のように3度にわたる借款となりました。
当時の清国の歳入は8900余万両で、日清戦争で日本が得たのち、三国干渉によって遼東半島が戻ったのも無料ではなかった。清国は歳入の約三倍を払わなければならなかった。

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

ind********さん

2010/6/322:47:09

ロシアだけでなくほかの西欧諸国からの借金です。

このおかげで清は国内での鉄道敷設権などを列強に与えてしまい、中国分割という事態に陥ってしまいました。

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