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ID非表示さん
2010/7/9 7:36(編集あり)
「表現論」は「テクスト論」とも呼ばれています。「テクスト」と言った方が説明がしやすいので、以下は「テクスト論」と書きますね。 「作品論」と「テクスト論」は、作品(テクスト)のとらえ方に違いがあります。ざっと説明すると、「作品論」は作家と作品の関係から作品を解釈する立場で、「テクスト論」は作品(テクスト)を読者がどう捉えるかという視点で解釈する立場のことです。「テクスト論」の場合、作家の存在は無視されます。作品も「作家の作品」ではなく、ただ「文章(テクスト)」と捉えられ、それが読者に何を語っているのかということが問題にされます。 文学作品にはいろいろなものがあります。私小説、歴史小説、神話、物語、時代を風刺したものなど。作品が違えば、どのような視点から作品を解釈すればよいかということも、当然違って来ます。 例えば、最初に挙げた私小説などは、作家の存在を除いて作品を解釈することはまず不可能でしょう。そのような作品を研究するときは、作家の人生や思想も当然視野に入れなければなりません。これが、「作品論的立場」です。 一方、「テクスト論」には、作家はそっちのけでテクストと読者しか存在しません。このように言うと「作品論」と比べると劣っているように思われるかも知れませんが、「テクスト」に重点を置くということは、純粋にその文章(テクスト)を解釈することに繋がります。 例えば、夏目漱石の『心』という作品については、テクスト論的立場の学者と作品論的立場の学者の間で論争が起こったことがあるのですが、その時は作品論派の学者たちには見いだせなかった新しい解釈をテクスト論派の学者たちが発表し、とても注目されました。その内容というのが、先生が死んだ後、静と「私」の関係が接近するのではないかというものでした。作品の文章を精読すれば、確かにそのような事実がありそうだとも読めます。このように、テクストを読み込み、テクストが何を語りかけてくるかということを検証するのが「テクスト論」です。
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質問者からのお礼コメント
詳しくお答えしてくださってありがとうございます。 説明を読んで前よりずっと理解出来ました。 本当にありがとうございました!
お礼日時:2010/7/10 23:10