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忍者について質問です ・忍者は歴史上どのような任務を担ってきたのですか? ・...

bgy********さん

2010/7/2023:40:46

忍者について質問です
・忍者は歴史上どのような任務を担ってきたのですか?
・網目の変な服を本当に着ていたのですか?
・手裏剣やクナイ・鎖鎌を実際に使ったりしていたのですか?
・火遁の術、水遁の術は実際にあったのですか?
・女性の忍者はいたのですか?
・忍者やその武器、又は忍術について詳しくまとめられたサイトがあれば教えて下さい
漫画や欧米人がイメージする忍者とは実際にかけ離れていますよね…?
しかし息子がよく見る落第忍者乱太郎はわりと忠実ではないのでしょうか?(何となくですが)

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ベストアンサーに選ばれた回答

rsb********さん

2010/7/2102:24:38

上から知ってる範囲で順番に考察・お答えします。
・恐らく戦国時代に情報収集・敵地でデマの流布による情報操作、破壊工作(火付け、橋などの交通機関の破壊)などでしょうか
・恐らく鎖帷子(くさりかたびら)を表現してるんでしょうね。細かい鎖をつなげ合わせたものでまあ現代の防弾チョッキみたいな刀に対する護身具ということなんでしょう。そこから発展してなんだか柔らかそうな素材のただエッチっぽいものもよく出てきますよね。そもそもあの姿自体がずっと後になって出来た創作イメージですから信憑性は低いと思います。
・あの十字状手裏剣なんですが普通に考えて携帯に不便ですよね。しかも回転式のモノは命中精度・殺傷能力が低いのでほんとにあれを使ってたかは疑問です。現存する手裏剣術諸流派のものはだいたい直打法の棒状手裏剣ですので。ただそれらの手裏剣術の教本などで伊賀流として十字状のものも紹介されてましたので存在はしてたのかもしれません。
苦無は割と実用性はありそうですね。武器としてよりも道具としての用途がいろいろあったんじゃないでしょうか。手裏剣としても前重心なんで直打法にも向きますし。鎖鎌はどうでしょうね。刀を持たない姿の場合、なにかに偽装した折りたたみ式の鎌状の武器というのは確かにありそうではありますが。
・あれらは忍術というより奇術に近いですからね。実用性、あれらの術をどういった状況で使うのかと考えた場合、やはり創作の可能性が高いんじゃないかと。
・たぶんいたんじゃないでしょうか。とくに詳しい史料が残っているわけではないので具体例は挙げられませんが。ただエンターテイメントの世界でみられるような刀を振り回して活躍するといったものじゃなく、地味な情報収集・操作が仕事だったと思いますが。
・サイトについてはあまりお薦めできるものを知りませんので。
・実際には多くの日本人がイメージしてるものもかなり現実とはかけ離れたものだと思います。あんな格好はしてませんでしたでしょうし、派手に斬り合うという事もあまりなかったんじゃないかと。「戦略上必要だが武士には出来ないあるいはやりたがらない仕事をする者」という立場だったんじゃないでしょうか。

質問した人からのコメント

2010/7/27 12:33:18

ありがとうございました

ベストアンサー以外の回答

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d73********さん

2010/7/2216:44:13

他の方が指摘されている通り忍者と言う言葉は後世の創作ですが敵地の情報収集、諜略等今で言うスパイ活動に従事していた人はいました。「諜者」「乱破」「草」「作細」等呼び名は様々ですが便宜上"忍者"で話をします。
・"忍者"の仕事としては他の方の話通り、情報収集、諜略、索敵等は主です。特に戦国武将には一族労党雇われていたようです。例えば桶狭間の合戦で信長が二万の軍勢の中から今川義元の本陣をピンポイントで狙えたのは"忍者"の活躍あってこそと言う説もあるほどです。残念ながら漫画や映画等でのハデな活躍は無くあれは創作の賜物のようです。
・網目の変な服は他の方も言っているように鎖帷子でしょう。ただ常時着用していた訳では無く、仕えていた武将が戦地に赴く際に帯同する事もあったため護身用として着用していたようです。金属の為、重く日常着用するのにはちょっと向いていなかったようです。又、動きを重視したため防御力が弱く防具としては貧弱でした。
・棒手裏剣、くない等は武器としてより道具としての役割が多かったようです。仕事が諜報活動メインのため十字手裏剣や六方手裏剣等は使わなかったのではないでしょうか。鎖鎌は使用していなかったと思います。剣法としては確かにありますが、槍、鉄砲等と比べると明らかに実戦向きではありません。携帯してもかさ張る事から後世の創作と言わざるを得ません。おそらく奇矯な武器="忍者"の持ち物と言う発想だと思われます。
・忍術に関しても後世の創作でしょう。隠密に活動するにしても、逃走するにしても忍術を使って…と言うのはあまり現実的ではありません。目眩ましのため煙玉くらいは使ったかも知れませんが。任務の中には暗殺もありましたが、ハデ過ぎて使える代物では無いのでは?
文献として残っているのは後世の創作と、喧伝のたぐいだと思われます。
・"女忍者"はいたと思います。特に江戸時代になると女性の方がお城には潜入しやすかったので諜報活動させやすかったと思います。・私の場合はサイトより、文献を当たって調べています。PHP文庫、宝島文庫等が読みやすくオススメです。
落第忍者乱太郎は残念ながら史実に忠実とは言えません。他の方も述べてましたが、"忍者"の活躍した資料はほとんど残っていないため、"忍者"を主役にすると創作に頼らざるをえないのが現状です。
ただあくまで個人的な考えですが、家業を継いでいくのが当たり前だった時代のため、口伝や書簡がその家に残っていても不思議は無いと思います。もっとも江戸時代~明治にかけて偽物の家系図とか出回っていたので真偽は定かではありませんが。

bir********さん

2010/7/2112:50:33

呼び名が間違っているとかコスプレが気に入らないとかは瑣末なことです。
よく時代劇で黒装束の黒子みたい人たちが出てきて軽快に行動して
いますが、この格好はエキセントリックに見えて
理に、かなっているのです。
現在、各国の隠密任務を専門とする軍隊の部門の担当者たちは
いろいろ試してみて、だいたい、視覚的に紛れやすい色合いの服装は
緑色や茶色の迷彩よりもむしろツヤが無い、くすんだ黒衣が
ブッシュや路地裏で、目立たない格好だとして
特殊部隊の人員は、どこの国のも黒づくめ黒面衣を採用して
いるそうです。
迷彩というのは、よほど植栽と同じパターンに作らないと
かえって目だってしまうそうです。
基本的にツヤなし黒衣で必要に応じて付近のヤブと同じような
葉っぱ枝、草を体中に、貼り付ければブッシュと溶け込み
目をこらして見ないと、その隠密行動者は捕捉不可能で
各国の野戦狙撃兵は、忍びの者の戦術と同じことをしています。
またイギリスのスペシャルエアサービスの隊員は
地面に寝そべって草を貼り付けた布マントで体を覆い
隠れることをして何日も敵を待ち伏せることが
みな出来ると言われています。
忍びの者で、敵の土地に潜入しているものを「草」というのと
似ています。

編集あり2010/7/2208:06:13

歴史学者、藤木久志先生は、忍者はいない、としています。
忍者という言葉は、戦後の新造語なのです。
忍者や忍術使いと言う職業・身分は、まともな史料には存在しません。
いなかった者をいたことにするための無理くたな論理は、歴史探究ではなくて、観光産業による歴史捏造か、個人的な忍者ファン心理なのでしょう。

忍者モノ・忍術使いモノは、江戸以降の創作です。ウィキの忍者記事も、軍記物(今日の空想歴史小説に近い)や家譜(先祖自慢)という創作モノを典拠しています。
戦国時代に、「忍び」「乱破」と呼ばれた人々はいましたが、その収入源は情報工作の報酬を得ていたのではなく、略奪や窃盗による、傭兵や山賊や陸の倭寇というもので、とても、「忍者」らしいものではありせん。
平和な江戸時代では、「忍び」が泥棒をしたと一級史料に記録され、「忍びがえし」と言う防犯グッズが普及する始末。

どの時代にもどの国にも「情報工作員」は存在しましたが、それを新造語である「忍者」と呼ぶ必要などありません。
当時の「間者」と呼べばいいのです。

※忍者の末裔と名乗る家がありますが、これは、江戸時代にしばし行われた、一種の「仮託」か「先祖の活躍の創作」です。創作武術の創始者を過去の忍者(その当時はそんな言葉は無かったのだが・・・)に仮託した訳です。薬や農業技術を「神に教えてもらった」「仙人に教えてもらった」と仮託するようなものです。

※そもそも、伊賀だの甲賀だの、情報工作員が住所を公開して集住しているはずが無いではありませんか。

※ウィキペディアの記事は玉石混淆と言われますが、「忍者」の記事は「石」です。
なぜなら、実証的な研究者からは、「読み物」「小説」「偽書」と扱われる、軍記物や家譜を典拠としているからです。
萬川集海・・・藤林氏の創作。伊賀の忍者、聖徳太子の「しのび」
甲陽軍鑑・・・武田家の女忍者
陰徳太平記・・・山陰の鉢屋
北条五代記とか・・・風魔の小太郎
とかね。

>網目の変な服を本当に着ていたのですか?
>手裏剣やクナイ・鎖鎌を実際に使ったりしていたのですか?
>火遁の術、水遁の術は実際にあったのですか?

エンターテイメントや観光産業の創作ですよ。

>女性の忍者はいたのですか?

「くのいち」は戦後の創作です。

pal********さん

2010/7/2104:01:04

多分僕より詳しい方が他にいらっしゃると思うので、参考程度という形で回答させて頂きます。というか先に白状しますと、ネットの情報をまとめた程度なのであまり威張れたものではなのですが(笑)。
では上から順番に。
・薬売りなどに変装して(実際薬学にも精通していた)各地に潜入し、諜報、破壊工作、暗殺などを主に行なっていました。具体的には、敵の状況や地形の把握、偽情報流布によるかく乱、主要施設への打撃など。フィクションのように積極的な戦闘はしなかったと言われていますが、任務の性質上全く闘わなかった訳でもなく、武術には長けていたようです。但し、捕まったり殺されたりした場合、自分の身から相手に情報が渡る恐れもあるため、逃走のための戦闘が重視されていました。

・網目の変な服というのは、鎖帷子のことだと思うのですが、着用していたとする説と、重さによって身軽な活動に支障が出るため着用していなかったとする説があるようです。恐らく、時と場合によるのではないかと。

・手裏剣、クナイ、鎖鎌は使っていたようです。但し、手裏剣やクナイは嵩張るのであくまでも緊急用で、数枚持つ程度だったといわれています。撒菱も使われましたが、これは現在知られる鉄製ではなく、菱と呼ばれる三角錐状の植物の実を乾燥させて使うのが一般的でした。昔の履物は草鞋だったので、これでも十分効果的だったようです。いずれにせよ、これらは前述の通り積極的な戦闘ではなく、逃げるための戦闘で足止めとして、且つ時に毒を塗って使用されていました。鎖鎌については、元が鎌だけあって農民や職人らの護身用として生まれたため、変装して身分を偽る忍者としても比較的携帯し易かったのではないかと推察されます。更にいえば、鎖鎌術は剣術の流派などで現在でも伝承されている由緒ある武器だったりしますが、これは鎖鎌が有用な武器であった証左なのではないかと。

・いわゆる遁術と呼ばれるものが存在します。が、「遁」という字からも分かる通り元々は逃げるための術で、フィクションのように攻撃的な術ではなく、例えば火遁は火を用いて、水遁は水を用いて相手の注意を逸らし、目を眩ませる術を指します。他にも、女性を利用した女遁の術、動物を利用した獣遁の術、静電気を利用した電遁の術なんていう興味深いものもあったと言われています。因みに湯遁の術と呼ばれるものもありますが、これは水戸黄門のお銀が風呂場で用いる恒例のアレです(笑)。wikiから抜粋しますと、「五遁三十法とも呼ばれ、天遁十法・地遁十法・人遁十法の計三十の術からなる」そうです。真夜中に猫の瞳孔の開き具合で時間を計っていたくらいなので、まあこれくらいやっても不思議じゃないのではないかなと。

・女忍は、諸説ありますが、一応そう呼び得る人々は存在したようです。但し役割は男の忍者とは明確に異なり、男では遂行困難な任務において登用されたらしいです(警戒心の強い武将に対する色仕掛けなど)。

・忍者関連は、ネットという括りがあるならば、月並みで恐縮ですが、やはりWikipediaが良いかなと。「忍者」で検索してから興味のある単語をクリックしていくだけでも結構な情報が得られます。より詳しく知りたいならば参考文献も載っているのでそちらを当たるのが最も正確でしょう。

現在語られている忍者像は、やはりフィクションによる影響で歪められているというのは否めませんね。もっとも、これは侍も同様ですが。『落第忍者乱太郎』は、僕は観た事がないので分からないのですが、まあエンターテインメントにおいての脚色は世の常、くらいに留めておくのがやはり無難でしょう。
余談ながら、NHKの番組で『タイムスクープハンター』という、「記者が過去にタイムスリップして当時の人々相手に取材を行う」という主旨の、ノンフィクション調のドラマがあるのですが、これで忍者が題材に選ばれた回があり、なかなか勉強になりました。ドラマとしても楽しめるので、再放送されたら是非ご覧になられては如何でしょうか。

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