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南北朝の戦い

有紀さん

2010/8/3119:33:31

南北朝の戦い

後醍醐天皇が建武の中興をおこなってから
足利尊氏が勝利するまでを解りやすく
教えてください。
お願いします。

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zun********さん

2010/8/3120:20:24

1333年
・後醍醐の皇子 護良親王が征夷大将軍となる。
・鎌倉将軍府と陸奥将軍府が成立。

1334年
・護良親王が鎌倉に流される。
・新政に対する武士の不満がつのる。

1335年
・北条時行により鎌倉が陥落。
・尊氏、北条時行を討って鎌倉入り。
・後醍醐、新田義貞に尊氏追討を命じる。
・尊氏、新田軍を竹之下で破る。

1336年
・尊氏入京。しかし、陸奥将軍府の北畠顕家が新田と合流し、
足利軍は敗走する。
・尊氏、九州へ逃れるも、多々良浜で天皇方の軍を破り、
西国の兵をまとめて京をうかがう。
・湊川の戦い。尊氏、再度入京を果たす。
・尊氏、武家政権を樹立。後醍醐、南朝を興す。

1338年
・南朝の新田、北畠が相次いで戦死。
・尊氏、征夷大将軍に任じられる。

(この時点で実質的には勝利)

1348年
・南朝の本拠 吉野を攻め落とす。
・尊氏、だんだん他人任せになる。

1349年
・高師直、執事職罷免。
・高師直が足利直義を襲撃。観応の擾乱へ突入。

1352年
・尊氏、直義を滅ぼす。
・その直後、関東で南朝方と交戦。

1358年
・尊氏死去。

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