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クラシックは演奏の際に自筆譜を参考にしたり作曲家の意思を尊重しすぎると思いま...

day********さん

2010/9/2208:14:50

クラシックは演奏の際に自筆譜を参考にしたり作曲家の意思を尊重しすぎると思いますね?

あれは間違いです。音楽はもっと自由なものであり自分のインスピレーションを大事にすべきであります。
例えばグレングールドのショパンソナタを聞いたことはありますか?
あれはもはやショパンではありません。グレングールドの世界です。
楽譜どおりの演奏は自動演奏機に任せてしまいましょう。

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ベストアンサーに選ばれた回答

sto********さん

編集あり2010/9/2216:30:57

まず、あなたの質問に答えますが

>>クラシックは演奏の際に自筆譜を参考にしたり作曲家の意思を尊重しすぎると思いますね?
いいえ、思いません。

>>例えばグレングールドのショパンソナタを聞いたことはありますか?
はい、ラジオで1度だけ聴いたことあります。

あとはあなたの意見ですから「ああ、そうですか」で終わらせていいのですが、それじゃまた「質問者を馬鹿にしている偉そうな回答だ」って叩かれてしまうので(笑)、意見を書かせていただきます。

まず、あなたのような考えは、ロックやジャスなど即興性、アドリブを聴かせることを魅力の主眼においている音楽をたくさん聴いている音楽愛好者や、下でマスターが揚げておられるストコフスキーやあなたが書かれているグールドなどかなり個性的な解釈をする演奏者を好む私のようなクラシック音楽の愛好者が、必ず一度は思うことです。
全然目新しくも,革新的でもない考えです。当然私も中学生くらいの時に思ったことがあります。

しかし、よく考えてください。
クラシック音楽に限らず、歌謡曲、演歌、民謡、能や狂言、長唄などの日本の古典芸能などほとんどの音楽が型、形式を重視し歌詞に込められた作詞者の気持ちやメロディーに込められた作曲者の思い、作品が作られた時代や当時の人々の想い、などを考えて表現するように先生や指導者から言われるものなのです。

ロックやジャズのアドリブのようにその場でソリストのソロにコードを合わせていけばいいという音楽ではないのです。
(インドのシタールの演奏は、アドリブが多いようです。だからこそ、ロックアーティストに魅力的だったのかもしれません)

そしてそういう型や形式を守っている音楽だからこそ、ずっと受け継がれてきているのではありませんか?

もし、あなたの考えが絶対的に正しいのなら、じゃあ、どうしてグールドはその後、ショパンを自ら演奏しなくなったのでしょうか?
あなたにそれが答えられますか?

あなたが例に挙げているグールドこそ、あなたの考えから離れたところに存在するようになったアーティストなのではないですか?


そもそも「楽譜どおりの演奏」というものがはたして ある と思いますか?
そういうものがあるのなら、どうしてベートーヴェンの交響曲第5番「運命」のCDが何百と存在し続けているのですか?
Allegroという一つの指示にどうしていくつものテンポ設定がありえるのでしょうか??
みんな自分のAllegroが正しいというインスピレーションで演奏しているのですよ。

グールドだってグールドなりの「作曲家の意思を尊重」した演奏があれだったのかもしれません。もちろんショパンの自筆譜をグールドなりに大いに参考にしているのかもしれません。

あなたにそれが否定できますか?


あなたが、書かれたような幼稚で浅はかな思い込みから解放され、健やかに健康的に成長され、心から音楽を楽しまれる愛好者になられることを祈念いたします。

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ベストアンサー以外の回答

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南瓜西瓜さん

2010/9/2219:25:19

だ~か~ら~
alt_rhapsodieさんも仰ってるでしょ(^。^;)
ワルトシュタインの時も話したけどぉ、あなたには特別な才能があるの。
でも、一般人はそれが出来ないのよ(ρ_;)
少しは凡人の気持ちも分かってあげなきゃ☆

分かったら自宅のアダカテに帰りなさいっ(^o^)/

2010/9/2215:17:49

なんだか、前に回答した音大生の質問とよく似てるな。順番からすると、こっちの質問の方が先か。

しかし何だな、これは質問ではなくて、意見広告のようなものだな。

質問者さんの主張に対してワシごときが評論するのもあまり意味がない、というか不毛なだけだろうから、一点のみ。

「音楽はもっと自由なものであり自分のインスピレーションを大事にすべきであります」

ここは同意ね。
というより、ここに異論を差し挟むような見当違いはおらんじゃろ、多分。
ただ、揚げ足を取るような書き方で申し訳ないが、グールドのくだりね。

グールドの世界、もちろんその通りで質問者さんの言わんとすることは理解するが、
アレはグールドが弾くから成立することであって、ああいうスタンスを二流、三流の演奏家がマネても、誰も相手にせんわね。
(誤解があるとイカンので書くが、マネるといっても演奏スタイルや解釈をグールドに似せるという意味ではなく、音楽・演奏に対するスタンス(姿勢)を真似るという意味ね)
つまりは、作曲者の意思を尊重することよりも、自らのインスピレーションだけに頼った演奏姿勢で通用するには、相当の天才的感性を持ち合わせていないと、バカにされるだけで終わっちゃうということ。これが現実です。
だから、グールドのような天才的カリスマ性を持たない「普通の」プロたちは、とりあえず「作曲者の意思」をよりどころにするのです。
ああいう例外的な存在だけを見て、「こうあるべきだ」と考えると思考が飛躍しすぎておかしな世界へ行っちゃいます。
例外的であれ何であれ、グールドのような人が存在したのは事実だから質問者さんにとっての「理想像」として捉えるのは大いに結構だが、それを全面的に当て嵌めて考えようとすると、著しくバランスを欠くものになります。

ワシもグールド、嫌いではないが、あれは少なくとも現時点においては別格の存在だね。ああいうのを普遍的なものとして見ちゃダメだよ。言ってみれば麻薬に近い。

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

hosooone++さん

2010/9/2215:16:10

で、だから何?
そんな当たり前なことでいちいち質問立てないで。

編集あり2010/9/2221:25:48

あなたのお考えは理解しました。否定もしません。そういう考え方の方もおられるのだなと感じるだけです。

問題は『あれは間違いです』と断じてられるところ。余程明白な間違い等で無い限り、この表現は不穏当ですね。

演奏家は作曲家の作った曲を演奏します。私の考えは、自筆譜を参考にすること、作曲者の意思を尊重することは、プロ・アマを問わず、演奏行為の欠くべからざることと考えています。解釈の自由度、インスピレーションの反映も大事な要素ですが、このことを前提にしていると考えます。
グールドやストコフスキーの自由な演奏も、作曲者の意図をどう捉え、如何に聴衆に伝えるかを追求した結果であり、これはジャンルを問わず再現者の宿命であり、そこから逃れられまいものと考えています。
ただ勿論、これは私の意見でして、貴方に主張しますが、強制しません。そこから議論と言うものが生まれると思いますので・・・

私の意見とあなたの意見は、全く背反していますが、もし私が『あなたの意見は間違ってる』と、大上段に全否定したら、貴方はどう感じるでしょう?
私がどういう気持ちで、回答申し上げているか、少なからずのご理解をいただけることを願います。

いさはやさん

2010/9/2213:30:40

グールドを批判した質問になってるのかな。あれをショパンじゃないって言い切ったらグールドに「わかってねえな」って言われそうですけどね。

楽譜どおりに演奏するって言っても楽譜から読み取る音楽のイメージなんか演奏家ごとに違うんだから、同じ演奏なんか2つと存在しない。グールドの演奏だってグールドなりにショパンの意図を読み取った「楽譜通り」の演奏の一つに過ぎないですよ。ストコフスキーだってそう。どんなに異様に聞こえようと。
クラシックの演奏家なら「これこそショパン」「これこそベートーヴェン」って演奏しているんです。「これが俺だ」っていう人はクラシックの世界では必要ないし、抹殺されます。

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