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劉邦の天下統一後について

wfc********さん

2010/10/200:03:18

劉邦の天下統一後について

1なぜ、臧荼と韓王信は謀反をおこしたのですか?
2韓王信の謀反に対し張良はどう思ってたとおもいますか?
仮説でもいいです。
宜しくお願いします。

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fro********さん

2010/10/511:18:50

1.臧荼の乱の理由:
楚王韓信、韓王信、淮南王英布、梁王彭越、趙王張耳らに比べて、
臧荼は、もともと燕の将に過ぎません。
燕王に祭り上げられたのも、項羽によってです。
言うなれば外様。
他の王に較べて項羽討伐に功績があったとも言えず、
おのれの地位をいつまで保てるか、
というより、
何時奪われるかを常時心配していたのではないでしょうか?
国士無双と謳われた韓信でさえ、
斉王から楚王へ国替えさせられ、
栄転のようで、
南の端のある意味辺境、
項羽の信仰者も多数残るであろう納めにくい土地、
城の数は減らされています。

漢の国の基盤が整わないうちに、
燕という、
ある意味土地運に恵まれたバックボーンを武器に、
場所的にも近い位置にある、
英布や彭越ともうまく連動して、
今のうちに、一旗挙げようと思ったのではないでしょうか?

1.韓王信の反乱の理由:
韓王信は、ご存知のように「韓」の王族です。
劉邦や韓信の農民上がりでもなければ、
英布のような罪人、彭越のような夜盗あがりでもありません。
匈奴の備えとはいえ、辛うじて中原に懸かるかどうかの太原郡を、
自分の故郷の由緒ある「韓」という名前に改名させられ、そこに遷されます。
これは、ある意味、
劉邦が項羽に「漢王」を「漢中王」と読替えさせられたのと同じような屈辱でしょう。

匈奴が領内に侵攻し、まだ土地勘のない信は冒頓単于と休戦交渉を行おうとし、
このことが裏切り行為と見なされ、
やむなく匈奴に投降したことになっていますが、
匈奴の強さを肌にしみている信の確信犯的な投降じゃないでしょうか。

心のどこかで、
身分の低い劉邦を侮るというか、
風下に立ちたくないという意識が働いても、
不思議でないような気がします。
また、
異性の王の排除の匂いは当然感じていたはずです。
名門「韓」の王族の矜持が、許さなかったのではないでしょうか。

2.韓王信の謀反に対し張良はどう思ってたか。
張良は、秦の滅亡をもって、韓への恩義は果たせたんだと思います。
一旦劉邦の元を離れますが、自分が奉戴した韓成死後、
劉邦が、信を探し出して、これを成信侯に封じたあとは、
客将から正式な将となっています。
漢創設後は、ある意味第一線から退いて、
言葉は悪いですが、保身に走っています。
穀物を絶って体を軽くし、神仙になろうとしていたようですし、
韓王信の反乱など、下手に腹を探らされそうな、
自分に火の粉が降りかかってくるのは、
御免こうむりたかったんじゃないでしょうか。
自分が礎を築いた「漢」帝国が、
地方の反乱くらいで揺るぐはずはないという自負もあったように思います。
いずれにせよ、出処進退はわきまえている出来た人物のようですから、
漢の行く末は(劉盈の皇太子問題など)心配していたでしょうが、
韓王信も含めて、次々襲ってくる粛清の嵐が、
自分の上は何事もなく通過してくれるのを、
じっとまっていたように思います。

質問した人からのコメント

2010/10/8 20:53:40

笑う とても気になっていたことなのですっきりしました。
有難うございました。

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