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識者・雁屋氏によると,我が国の小市民の朝鮮への反発は実は

kor********さん

2010/11/718:53:56

識者・雁屋氏によると,我が国の小市民の朝鮮への反発は実は

似た者同士への共鳴らしい。

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rei********さん

2010/11/719:03:48

美味しんぼの嘘を暴け
http://www1.odn.ne.jp/~aaa23320/oisinbo/oisinbo_vol1.html
反日マンガの世界—イデオロギーまみれの怪しい漫画にご用心! (晋遊舎 ...
... 雁屋哲、石坂啓、反日流くらいです。 石坂啓はすでにマンガ家としての生命を終えていると思うので、メジャーなマンガは原作者雁屋哲 ... 個人的に雁屋哲というちょっと変なマンガ原作者に「馬鹿マンガ」的な観点から興味があったので、 ...

www.excite.co.jp/book/product/ASIN_4883807762



週刊新潮12月3日号の【「おいしんぼ」雁屋哲の「北朝鮮」への異常な愛】という記事である。


なんでも【日本と朝鮮半島の歴史は、そもそも、大和朝廷・天皇一族が朝鮮から来たところから始まって、二千年以上も続いている」とブログに書いてあるそうだが。


週刊新潮氏も【古代に朝鮮半島との人的交流が盛んだったことに異論はないが、天皇家だけが渡来したかのような書き方には唖然とさせられーーしかもまだまだ続く】とある。



以下、いろいろ書いてあるのだが結論からいえば、北朝鮮に対する思い入れが強いだけの、正しい歴史認識を持たない人らしい。


ま、だれでも立場が違えば歴史認識が異なるのだから、進歩的な文化人で【あらっしゃる】のだろう。



これに対する北朝鮮ウオッチャーの宮塚利雄先生の反論異説にも、いぶかしいこと点がある。


冨塚先生は【日本が朝鮮半島から恩恵を受けてきたことは、日本人なら誰でも知っています、…】と書いてあるが、違うだろと指摘する。


朝鮮を兄とする朝鮮史観に媚びた視点が抜けない人なのだろう。



朝鮮半島にあった百済から文字や仏教が伝わったとする記述は、【シナから朝鮮経由で伝来】したと書くのが正しい。



なぜ、シナへ仏教が伝わったかについての論及もないまま、朝鮮経由だけを強調してきたのが誤解を生む原因だ。



古代の漢が朝鮮に【楽浪郡】を置き、帯方郡を経営していたことと、倭国が魏へ使者を出した前後を考察すれば、日本からの【安全な通行帯】が朝鮮半島にあったことを意味する。


これを前提にしない限り、のちに百済の遺民を寛容に受け入れた理由が見つからないではないか。




三国志の時代に人口が、5,500万人から、400万人代まで急減した理由が、寒冷化などの気象急変だけでなくイナゴや、疾病など人類を滅亡させる諸条件のもろもろが一挙に到来したとすれば、生き残りの新しい科学性が嗅げる仏教に支配者以下が急傾斜したとしても不思議ではない。



サヨク史家が日本の古代史で【謎の4世紀】と呼ぶのは、4世紀のシナの史書に日本が登場しないだけの理由だが、広開土王碑にも記録されている【倭軍が海を渡って新羅・百済を服属させた】事実を隠ぺいしているだけだ。


北方民族が南下し、朝鮮にも扶余が高句麗を建国したように、ヨーロッパででも同時期にゲルマン民族の大移動が起こっていることからも地球規模の気象変動としか考えられないのである。


【五胡十六国】が交互に干戈を交え盛衰を繰り返す大動乱は生き残る為の食糧争奪戦だったのであろう。


晋書倭人伝に出てくる265年【倭王が使いを遣わし、駅を重ねて入貢】した後、北宋までの空白が【謎の4世紀】だが、その間に朝鮮半島で地歩を固めた記録は日本書記にある。


その当時の日本を世界の歴史家は一定の評価しているのにサヨク史観で否定するのは如何なものか。

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