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日露戦争の、満州の会戦(遼陽、沙河、奉天)で、日本軍はロシア軍より多く機関銃...

zaz********さん

2010/11/800:21:39

日露戦争の、満州の会戦(遼陽、沙河、奉天)で、日本軍はロシア軍より多く機関銃を備えていました。
ロシアがこの兵器の充実を図れなかったのはなぜなのでしょうか?

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oum********さん

2010/11/918:14:18

この時期の日本の機関銃の装備数は異常なんですよ。
世界的に見ると、日露戦争中の日露両国の機関銃装備数は突出して多いのですが、日本の装備数はずば抜けています。
この差を生じさせたのは軍全体の規模の差はもちろんですが、国産化を果たしていたかどうかも重要な要素です。

日本はホチキス機関銃を1901年にライセンス購入し1902年には保式機関砲として国内生産を開始し、これが日露戦争にギリギリ間に合い、投入されます。
一方、ロシアはマキシム機関銃の製造権を1902年に購入しましたが生産開始が1905年で(PM1905)日露戦争には間に合いませんでした。

この数年の差が日露戦争時の装備数の差となったのではないかと思われます。
日本は機関銃装備数でロシアを上回ることの出来たほんの一時のわずかな時期に運良く戦争をしたともいえるかも知れません。

質問した人からのコメント

2010/11/9 22:16:28

感謝 なるほど、皆さんのご回答大変ためになりました!ホ式機関銃としてライセンスできたその数年先んじた結果なんですか。陸軍も少数先鋭でしたしね。

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nmu********さん

2010/11/816:16:26

基本的には、ロシア軍に十分な予算が無かった(貧乏だった)ことでしょう。
もちろん総予算は、ロシア陸軍の方が日本陸軍よりずっと多いのですが、ロシア軍はより多くの兵力を常備し、それをヨーロッパからアジアの広い国土に配置しています。
現有兵力の維持費だけで、ロシア陸軍は物凄いコストがかかりますから、新兵器の購入はどうしても遅くなります。

それでも機関銃の調達総数はロシアの方が多かったでしょうが、それは多数のロシア部隊に分散されてしまいます。
しかもロシア軍の主力はあくまでも、ドイツに備えるヨーロッパ軍なのです。
極東方面軍が持っている機関銃が、日本軍より少なくても、不思議はないでしょう。

ちなみに日露戦争直前の日本軍は13個師団ですが、ロシア全軍は70個師団を超えます。
ロシアが全部隊に機関銃を配備するのが、日本より相当遅くなるのは当然です。
こういう事、大国の大軍団よりも小国の方が新兵器の調達率が高い、は時々起こります。

kor********さん

2010/11/800:35:35

革命によって補給が混乱していたためではないですか?

日本の工作員の賜物ですかね?

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