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「刺身」の語源って?

oka********さん

2010/12/2302:27:51

「刺身」の語源って?

そもそも何で生魚の切り身を
「刺身」と当てるようになったのでしょうか?
包丁、刺しているワケじゃないですよね。

補足「切る」が縁起悪い説と戦国兵糧説とがあるんですね。
BAは投票にさせて貰います。
ありがとうございました。

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nul********さん

編集あり2010/12/2314:14:02

『たべもの語源辞典』 (清水桂一編、東京堂出版、昭和55年初版)
http://www.tokyodoshuppan.com/book/b79229.html
--------------
さしみ 【刺身】
指身・指味・差味・刺躬また魚軒とも書く。生魚の肉を細かく切ったものを古くは鱠(なます)とよんでいた。
つくり方は、魚肉を切ったものであるが、切るという言葉を忌み、切身とよばず打身(うちみ)とよんだものがあった。室町時代に魚肉の打身という言葉が現れる。
また、切ることを刺すと称することから、刺身ともよんだのが刺身の起こりであるとの説がある。
また、切った身は、その魚名がわかりにくい。そこで切った身にその魚の鰭(ひれ)をさしてその正体を現したものを刺身というとの説もある。
昔からある鱠(なます)にその魚の鰭を刺したものを「さしみなます」とよび始めたが、これが略されて刺身となったともいう。
関西では魚を切ることを「つくる」といったので、つくり身といい、「つくり」を関東の刺身と同じ意味に用いた。
儀式料理では刺身が正しいよび方である。室町時代に醤油が発明され、刺身醤油ができたとき、刺身料理が完成したといえる。
刺身の語源は、魚肉を切って、その鰭を一種の飾りのように身に刺したことから起こったものである。
他に、刺身の意のタチミの転であるとか、サシミ(左進)の義であるとかの説もあるが、いずれも良くない。
--------------

要するに、「諸説ある」ということです。

関西では「お造り」と言います。
近ごろ関東でも「お造り」と称している料理店がありますが、「刺身盛り合わせ」の類をたんなる刺身と区別して「お造り」と呼んでいる傾向があるように思えます。

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rm1********さん

2010/12/2414:12:57

刺身・・・元は戦国時代における篭城戦に端を発する言葉である。
元亀元年(AD1569)、織田信長軍の筆頭武将であった柴田勝家が鰐江城(現在の滋賀県近江市鰐江に位置)を守備をしていたとき、その10数倍もの兵力を誇る一向宗門徒と浅井長政らによる反乱軍によって完全に包囲された。
信長の本隊も別の場所にて反乱軍による包囲に遭い、篭城を余儀なくされた柴田勝家にとっては信長からの援軍到来は見通しが立たず、鰐江城は長期間包囲のうちに、まっさきに城の食料が尽き果てた。
全軍が飢餓による全滅の危機に瀕する中、勝家の腹心であった佐久間貞景は一計を案じ、その身を自ら刺し殺し、食肉として飢えた兵士たちに与えて急場をしのぐことを提案し、これに賛同した100名の部下たちとともに、食肉となるべく自らの剣でその身を刺し貫き自害した。
彼らの遺言どおり、その肉は細かく切り身とされ、餓死に瀕した千数百名の兵士たち一人一人に分け与えられた。飢えを脱した篭城の兵士たちはこれに勢いを得、信長からの援軍が到着するまでの2週間をさらに戦い抜いたという。
主君とその兵を餓死の危機から救うため、我が身さえも惜しまず刺し貫いた佐久間貞景をはじめとする101名の忠臣達の壮絶な最期と遺徳とを偲びつつ、その命日には魚を生のまま切り身として食することを、柴田勝家は生涯怠らなかったという。これが後に魚の切り身を生で食する習慣「刺身」の由来・語源となったというのが現在の定説である。

以上、民明書房刊『食生活に見る戦国時代』より

ura********さん

2010/12/2304:48:00

語源辞典「語源海」を見てみると、

さしみ【指身・刺身】
[源]
本来は中国発生。
古代中国で獣肉を薄く細く切り、<シ(「裁」の「衣」を「肉」とした漢字)>といい、これを日本では魚肉に代えて、<サシミ(同漢字)>とした。
上流社会の貴族間で酒席で食した。
日本では15世紀ごろもっぱらおこなわれた。
従って、魚の切り身の「切ル」を忌んで、<指(差)シ身>と異称したところから(刺身の表記はのち)。
また、はじめのころは包丁でなく<サスガ(刺す刀の意)>という小刀を用いて調理する点、サス→サシと両方ともに刺ス意があったと思われる。
のち関西では<作り身>といい、東国ではそのまま<指し身>を用いた。
<作り身>はサスをさらに忌んだ故であろう。


とありました。
一つの参考まで!

tkw********さん

2010/12/2303:08:51

生の魚を切り身にして食すようになった当初(1300年代だそうです)、切り身だけでは何という魚か判別できなくなるために、切り身に「尾ひれ」を刺して魚の種類を示した、というのが定説のようです。

また、「切る」が「忌詞」であるのでこれを避けて「刺す」の字で代用したという説もあります。

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