ここから本文です

鎌倉幕府3代将軍・源実朝は自ら船で宋に行こうと考えいたというのは本当なんですか...

eas********さん

2011/1/911:36:35

鎌倉幕府3代将軍・源実朝は自ら船で宋に行こうと考えいたというのは本当なんですか?

閲覧数:
906
回答数:
2

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

tsm********さん

2011/1/915:03:43

本当です。それを実朝に勧めたのは、宋人の陳和卿(ちんなけい)でした。
この陳和卿という宋人は、重源が東大寺の再建を行ったとき大仏を再建した人物で、源頼朝が会おうとしたときは、「あなたは多くの人命を損なった人だから会いたくない」と断った過去があります。
さて、東大寺再建後の陳和卿ですが、およそ20年間どうしていたのか分かっていません。それが建保4年(1216)6月、鎌倉に来て実朝に面謁し、「あなたの前世は宋朝の阿育王山の長老で、私はその門弟でした」と語りました。その話が、5年前に見た夢と同じだったことから、実朝は陳和卿を信じ込んでしまったのです。
陳和卿の話を信じた実朝は、前世の自分が長老をしていたという阿育王山の詣でようと計画し、陳和卿に大型の唐船の造船を命じました。
北条義時や、その弟時房もこれに反対し必死に実朝を諫めましたが、実朝の意思はきわめて強固なもので、建保5年4月17日に巨船は完成し、砂浜の上にあった船を海上に曳き出すことになったのです。
が、巨船はまったく動きませんでした。この理由は諸説ありますが、「御家人たちが謀を巡らして、船を動かさないように工人たちに命じた」というのが本当かもしれないと言われています。
また、陳和卿についてですが、彼はかつての東大寺再建の際、自分用の船を作ろうとして東大寺から訴えられていますから、この時も実朝を欺いて宋に帰ろうとしたのだろうとされています。

質問した人からのコメント

2011/1/9 15:30:07

陳和卿の一言で実朝は宋に行こうとしてたんですか。
でも一体、彼は将軍職であるのに、将軍職をどうするつもりだったんでしょう。
もしかすると権力闘争に明け暮れていた日本に嫌気をさしてたのかもしれませんね。
ご回答どうもありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

cah********さん

2011/1/911:40:15

太宰治「右大臣実朝」をどうぞ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる