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アンパンマンの歌は、いったい何を意味しているのか?

lio********さん

2011/3/215:49:26

アンパンマンの歌は、いったい何を意味しているのか?

「胸の傷が痛んでも」「どんな敵が相手でも」アンパンマンは敵をやっつけに行く、と普通に解釈できますが、ここになんか違和感があります。バイキンマンは一般的には『悪』ですよね。でも本当は違う、ということなんでしょうか?(言われてみれば、毎回殴り飛ばしてはいますが、捕まえて牢屋に入れたり説教して改心させようとしたりはしませんね。菌ということで、世の中には必要悪も存在するんだということを言いたいのでしょうか)。

また、「何のために生まれて」「愛と勇気だけが友達さ」など、孤独感があります。「みんなのために」戦い続けるアンパンマンですら、このような人間的な苦悩をかかえている、ということでしょうか。

顔を食べさせる(献身的な)行為や、水をあびると直ぐに弱る点など、ウルトラマンや仮面ライダーとは性質の違うヒーローなのか・・・。「悪を倒すことも大事だが、目の前にいる腹のすいた子供にパンをあげることも大事。小さいことを、誰も見ていないところでやる人こそヒーロー」

幼い頃は何気なく見ていたのですが、考えてみると何か深い意味がありそうです。が、具体的にそれが何かが分かりません。

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nak********さん

2011/3/720:33:03

たぶん、敵(悪)はばいきんまんだけではないということではないでしょうか?実際、氷の女王や化石の魔王等他にも多数存在します。
「何のために生れて」はアンパンマンに限らず、誰にでも「生まれた意味」があり、それを見つけることが大切ということなのではないですかね?
「愛と勇気だけが友達」というのは「戦いになったら誰も助けてはくれない」という意味だと思います。「勇気のルンダ(名前はうろ覚え)」でも「戦う時は心に言うんだ。頼るものは何もないんだ」という歌詞があります。
やなせさん自身が戦争に参加しているので、そういうことを実感してるということなのではないでしょうか?
あと、アンパンマンは明らかに他のヒーローとは違います。
アンパンマンの目的(使命)は「困ってる人を助けること」であって「悪を倒すこと」ではありません。
ですから、ばいきんまんが「悪」であり、それがわかっていても「ばいきんまんが皆を困らせない限り」手出しはしません。実際、ばいきんまんが悪さをせず「どっちが強いか勝負だ」と言ってきた時は「戦いたくない」と言ってました。
また、アンパンマンは困ってる人がいれば、それがばいきんまんでも「困ってる人は放っておけない」と助けます。まして、探し出してまでとどめなんて言いません。
普段ばいきんまんをやっつけるのも「皆を困らせるから追い払う」だけで、皆が助かればそれ(アンパンチ)以上は追及しません。
やなせさん曰く「本当のヒーローは食べさせてくれる人」だとかなんかのインタビューで言ってたような気がします。

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pri********さん

2011/3/809:11:34

これ意味が深いですよね。

すっごく同感です

hor********さん

2011/3/216:48:03

アンパンマンの歌(アンパンマンマーチ)について、個々に解釈の差異はあっても、多くの方があなたのように哲学的側面を感じています。

で。

この歌を作詞したのは、アンパンマン作者の「やなせたかし」ですが、彼は、漫画家であり、詩人であり、聖公会(イングランド・チャーチ)のクリスチャンでもあるわけです。(実際は、もっといろんな肩書きも持ってる)

また、やなせ氏は、漫画家としてはかなり遅咲きで、出生からそれまではかなりの波乱万丈人生です。自身が日中戦争に参加していたり、弟さんをを戦火で失ったり、境遇の定まらない人生を送られています。

なので、そういう側面から考えると、その歌詞にそれなりの意味が込められていてもおかしくありません。

アンパンマーチが、具体的に何を伝えたい歌詞なのかは、やなせ氏本人に聞くほかはありませんが、人生で様々な事柄を経験、体感した結果のソレであり、従って、やなせ氏に確固たる自身の哲学があるのだと思いますよ。


ウルトラマンや仮面ライダーは、本来、自身が人間とは異なる「異」でありながら、同類である「異」を“人間のために”倒す苦悩や葛藤も描かれており、それによって「偏見や差別」を問題視する作品&本質を見定めるべきと人々に警鐘をならす作品でしたが、最近のヤツらはその本来の姿よりも、悪い意味でスタイリッシュになってしまいました。

ちなみに、仮面ライダーの作者は石ノ森章太郎ですが、彼のそういったダークな作風(異でありながら結局、同類を泣きながらでも斬って殺すような感覚)を、手塚治は嫌っていたそうです。

対して、アンパンマンは、登場するキャラクターが人間だけでなく(カバオくんとかね)、それを助けるという様子からも、異だのどうだのは関係なく、明快に「愛の有り方」や、それにともなう「正義の意味」や「希望」を訴えかける作品であり、やなせ氏と手塚治と親睦が深かったことを考えれば、ウルトラマン&仮面ライダーなどの作品とはメッセージの異なるモノだと考えますね。

手塚治の作品も、鳥さんや、猿くんがしゃべったりするので、やなせ氏と似たような感覚(哲学)からの作風だと思います。

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