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日本海軍の艦艇建造期間はなぜアメリカより長いのですか。

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ID非公開さん

2011/4/1617:16:59

日本海軍の艦艇建造期間はなぜアメリカより長いのですか。

工業力の差と言えばそれまでですけど、大型のエセックス級も日本より一年以上短く建造していますし、小型の駆逐艦やフリゲート艦、潜水艦の建造速度は恐るべきものがあります。

海軍工廠や造船所、などの設備や機械化が遙かに優れていたためでしょうか。

また、日本ではアメリカと比べて船台が相当に不足していて、修理点検を合わせると思うように建造できなかったんでしょうか。

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tsu********さん

編集あり2011/4/1701:02:52

問題は大きく3つあると思います。

1つは、質問で指摘されているように根本的な工業力や生産力の違いです。これは日米を比較するとどうにもならない問題であり、「週刊空母」と言われた「カサブランカ」級護衛空母の建造などは、米国の生産力を示す最たるものと言えるでしょう。

2つ目は、他回答にあるとおり、徴兵による職人の不足などの影響もあったでしょう。艦艇の場合、建造のネックになるのは機関の製造ですので、熟練工を必要とするタービン類などの製作においては大きな問題となります。これは米国でも苦労しており、類似した艦級でも機関はタービンであったりディーゼルであったり、「カサブランカ」級では旧式のレシプロ蒸気エンジンを採用するなど、色々やっています。

3つ目は、設計の複雑さです。数を造れないことを認識していた日本海軍では、1つ1つの艦艇の性能を高めるため、大変に凝った設計が行われました。軽量化のため甲板に波状の高低差をつけたり、凌波性向上のため艦首部には曲線を多用したフレアやダブルカーブドバウといった形状が採用され、船体材料には軽量で強靭な特殊鋼が主に使われました。
このため、それなりの数を揃えることが求められた主力駆逐艦「陽炎」「夕雲」型でも建造には手間がかかり、およそ2年を要しています。

これに対して、複数の造船所での量産を図るため、新規建造時の設計変更を一切認めず、戦訓に基づく改良などは修理点検時に改修を進めていくという対応をとった「ガトー」級潜水艦のエピソードは有名ですね。

大戦中、日本もようやく戦時急造用の簡易設計の必要に気付き、「松」「橘」型駆逐艦、「鵜来」型海防艦(米「護衛駆逐艦」に相当する艦種)などでは、先に挙げたような手間のかかる構造を改め、直線で構成された船体に、材料は普通鋼を使用、機関や武装は新設計ではなく従来からあるものを組み合わせて使用するなどした結果、米国の護衛駆逐艦と同様に約5ヶ月で建造できるまでになっています。
(それでも「安かろう悪かろう」ではなく、機関のシフト配置や最新のレーダー・水測兵器の搭載など戦訓に基づく改良はしっかり行われており、太平洋戦争における前線のニーズに最もマッチした艦となりました。)

また、当初は建造に2年かかっていた「秋月」型駆逐艦も、戦時量産のため設計の簡易化が図られ、「冬月」以降は建造期間約1年前後に短縮しましたが、さすがに3000トン近い大型駆逐艦ですし、「松」型のように基本設計の段階から生産性を考慮したものとなっていないため、それ以上の短縮は困難だったようです。
(米国は、2500トンクラスのアレン・M・サムナー級やギアリング級駆逐艦を約7~8ヶ月で建造している。)

空母などについても空母「蒼龍」「飛龍」でおよそ3年かかっていた建造期間を、「雲龍」型空母では2年まで短縮したりしていますが、3万トンの「エセックス」級をわずか1年半ほどで続々と造っていった米国の生産力には、とても太刀打ちできなかったというのが結果ですね。

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質問した人からのコメント

2011/4/17 23:29:05

降参 皆様多くの意見ありがとうございました。

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kn1********さん

2011/4/1707:42:14

他の方とほぼ同じ回答です、USAは・ベルトコンベア方式での
生産方式、大量生産をしていました。しかも、ベルトコンベアで
流れて来る部品等での間隔を故意に短くして、同じ労働時間
内でも、生産数を増やす等をしていました。

大量生産をしやすいのは、やはり・シンプル・イズ・ザ・ベスト、
なのでね、複雑で職人芸が必要な部分を大幅に減らしました
のでね、

ですので、3万トンでの正式空母、エセックス型を・17隻、
護衛空母のカサブランカ級を、50隻?。レーダー付での
潜水艦・200隻?。駆逐艦も200隻?。たった3年間で、
追加で、戦闘機、爆撃機等も大量生産、ひぇ~です!、

しかも、日本とは最初から危機意識が相違です、サンゴ海海戦
で損傷した空母、翔鶴も・内地での本土に帰ってきたら、
応急処置も即座にはせず、損傷の調査等も・ていたらく、

しかしUSAでは、サンゴ海海戦で損傷した、ヨークタウンが
ハワイに帰ってきたら、今度は・ジャップがミッドウェーに来る、
3日で直せ!、無理だ・とされても、やれ!、稼働が可能な
空母数がない、として、工場員を総動員、電力を造船所に
回す、一般住宅は停電にする、了解!、とかね、

ヤンキー魂?。等が相違ですね、物量作戦での基本方針での
国なのでね、長くなりすみません。

fuu********さん

2011/4/1704:15:39

細かいことは皆さんが仰る通りですが、大きな違いは、日本が鋼板の接合にリベットを使用していたのに、アメリカは、電気溶接で行い、工期を大幅に短縮していました。戦後の韓国に

おいても、昭和30年代までは、仰向けで行う天井部分の溶接を行う工員がいなかったが、日本へ来て、その技術をマスターし、今では日本以上の造船王国になっています。なお、云って

置きますが、戦時中、いかに行員が不足していても、女、子供を造船の工事現場に入れる様なことはしていません。

mmp********さん

2011/4/1617:51:41

国力の差といえば国力の差ですが、
資材がない。
民間企業のベテラン職員を赤紙一枚で戦場に出して殺してしまって、残っているのは素人同然の婦女子と学生ばかり。
いくら総動員といってもまともな物が出来ないし、量もできません。

米海軍は、最前線の海軍基地に、移動式の浮きドックまで持ち込んで、現地でかなりの修理などもやっていました。

海軍工廠などがいくら頑張っても、部品がいいものが出来ない。修理も何もできない。
真空管なんか1000本作って、使えるのは2本ぐらいだったようです。素人が作るんだからそんなもんでしょう。
民間の造船所も、ベテランの職人が戦場へ出されて、まともな船が作れなかったといわれています。

空母信濃なんかも、きちんと閉まらない防水扉、溶接部分から、水が漏れる。排水ポンプは接続が間違っていた為動かない。
本来沈没しないはずが、そういった事情で、沈没しました。

tak********さん

2011/4/1617:48:43

工業力のちがいです、--------・

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