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孔子の論語について。 孔子の論語の 危険な国には入らず、乱れている国には住...

pap********さん

2011/5/1516:29:59

孔子の論語について。
孔子の論語の

危険な国には入らず、乱れている国には住まない。

人として踏み従う道がある国では活躍するし、無い国では隠れる。

って部分自己中すぎませんか。
孔子は危険な国や乱れている国をただすためにうまれてきたのではないでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

zhu********さん

2011/5/1517:14:07

乱れるというのは戦争があり、殺し合いがある社会です。
孔子は旅の途中、何度か危険な目に遇っています。
争乱の社会では、孔子の「仁徳」による政治は実施できません。
まず、力で抑えて、治まった状態にして、それから徳を広めてゆかなければなりません。
そして、徳治を受け入れてくれる支配者のいる社会では実力を発揮することができるけれど、武力主義の支配者の社会では孔子の思想は受け入れられません。まず雇ってもらえない、雇ってもらえないと自分の考えを広めることができません。
それで孔子は旅をして回り、ついに故郷に帰ってきて、塾教育をすることにしたのです。
だから、「自己中」ではありません。
自分の物質的な幸福だけでいいのなら、上の人とぶつかり合うことなく、うまく長く合わせて生きてゆけばいいのです。そうするなら、自分の理想のために地位を捨て、故郷を捨て、諸国遊説という危険で多難な境遇に身を置くことはなかったのです。

質問した人からのコメント

2011/5/15 19:35:40

そうなのですかありがとうございました

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