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人はなぜ歴史として出来事を記録するのでしょうか?

saa********さん

2011/7/403:09:06

人はなぜ歴史として出来事を記録するのでしょうか?

歴史を知ることは楽しいし、歴史から現代社会や出来事を学ぶことは重要なことだと思います

そこに疑問はないのですが、そもそもなぜ人は出来事を記録するのでしょうか?

その記録を後世が見て歴史として綴るわけですが、なぜ後世は過去の記録を探して歴史を綴るのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

axo********さん

2011/7/409:51:36

よく「有史以前」とか「有史以来」という言い方を解説書でしますね。


人間の文字による記録は、有史以前は壁画だったりするわけですが、もともと日常の好奇心と宗教的な畏敬が記録する行動を起こさせていたと考えられます。


人類が文明を発達していくにつれて、その単純だった動機も、「皇帝の権威付け」 、「宗教の権威付け」などの、より社会的な高度な動機へと変わっていきます。

質問した人からのコメント

2011/7/11 02:24:56

抱きしめる 皆さま、ご回答をありがとうございます

権威付けのみならず、日常の好奇心と宗教的理由というところにひかれました

ベストアンサー以外の回答

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2011/7/1021:27:08

それは自分が歴史に学ぶ人間であればわかることで。
過去から人間は全て歴史から学んできたんです。そのお陰で良く生きられるということを知っていた。それで「お陰」なんだから。自分たちもちゃんと残そうとするのが連綿と続いてきたんですね。
ヨーロッパの貴族の師弟はみんな教養人だったわけだけど、その中で最も重要視されていたのが歴史と文学なんですよ。自分たち先祖がどうであったのか、家の由来というものを学ぶんだし、また過去の偉大なる人間の生き方を学ぶんです。
何でもそうなんだけど、学ぶということはその必然があったから。貴族というのはいざという時に戦って死ぬ者だったから、そう出来る人間になるように教育されたんですね。
その凄まじい生き方をするには、歴史と文学が欠かせなかったということ。そして自分も語り継がれるように生きようとすることがまた子孫たちへの愛情でもあったと。
それと人間は忘れてしまうものだから。記録をつけるということはいつの時代でも重要で。主に税の管理の必要性から住民台帳を残したし。また行政の必要からさまざまな記録を残した。そういう為政者側の記録が歴史を辿る資料ともなっている。
また個人の日記もそうだし。覚書のようなものも多い。
記録を残す必要性があって、そういうものが歴史的資料ともなっているわけだけど、そういうものを通して歴史家が辿って行って一つの歴史観というものを創り上げてもいるんですね。それと平衡して貴族などのように、歴史というものを後世に伝えようとしてきた。
ここで一つ重要なことがあって。それは「歴史とは何か」という問いなんですね。
歴史というのは記録ではないんですよ。だから私も今ここで記録は「歴史的資料」とした。
歴史というのは高名な歴史家の著作を見ればわかるんです。それは歴史観というもの。つまり過去の偉大な人間の生き様のことなんですよ。
学校で習うような教科書的ないつ誰が何をしたとか、こういう事件があったということは歴史ではない。それは真の歴史を知る上で必要な資料的なことなんです。要するに偉大な人間の生き様を一層深く我が物とするために必要な背景ということ。
ミシュレやブルクハルト、デュビーやトインビーやブローデルやカーライルやギボン、タキトゥスもヘロドトスも。北畠親房も頼山陽も、徳富蘇峰も三浦周行も関晃も、宮崎市定も白鳥庫吉も、今西一も上田正昭も萩原延壽も。まあ挙げていくときりがないけど。
全員が出来事の記録なんてものを歴史だなんて考えていません。人間の躍動だけを中心にしている。
歴史から現代に生きる自分達がまた躍動するためなんです。それだけが歴史の価値なんです。
トインビーは第一次世界大戦が始まった時に気付いた。これは過去に全く同じことが起きている、と。それで有名な「歴史は繰り返す」という言葉を残し、彼の著作はその歴史観に貫かれている。
それに個人の思考というものを考えてもわかるんですよ。我々の思考は全て過去に自分が獲得したものから導くしかないんです。自分が持っていないものは絶対に出せないんです。だから自分を拡大することで大きなものを導くことが出来るということなんだけど、それに最も有効なことは歴史と文学なんですね。その有用性を身をもって感じていたから貴族は師弟に徹底的に教育したんです。
今は読書をしない人が多いけど。だからいつも卑小な自己から情けないものしか搾り出せない。
まあ、だから、私が言っている歴史というのはミシュレの『ジャンヌ・ダルク』とかのようなものですけどね。人物史が中心なんです。
でもそのミシュレは後年科学主義の歴史家によって小説的だという批判を受けた。まあ現代は科学偏重主義だから、考古学的な手法で彼らの言う歴史、つまり単なる記録を集めるべきだとしたんですね。
しかし。またさらにその後でアナール派が台頭してミシュレの歴史観こそが真の歴史だとした。だからヨーロッパというのは今も巨大なんですね。
いつどこで誰が何をしたのかなんてことはどうでもいいんです。孔子が女性を蔑視したとか、プラトンは奴隷を持っていたとか。そういうことを歴史的事実だなんて思っている連中がいるけど。
歴史というのは魂の継承なんです。涙を受け継ぐこと。まあ、だから。現代のように「事実」なんてことに拘って人間が躍動しない時代なんて、いくら記録を残しても後世には残らないんですよ。恐らくこの現代は後世の歴史家によって「大暗黒時代」と呼ばれるようになる。人間が躍動しない恐ろしい思想に覆われた時代だったと。
「あんな時代に生まれなくて良かったね」って言われるんです。

hpr********さん

2011/7/420:36:58

人が歴史として出来事を記録するのではなく、英雄が(自分自身を 英雄と思っている人間)自分の偉業を後世に残す為に記録している のだと思います。文字(書物)だけでなく、古墳やピラミッド といったお墓や、豪華な建造物も、後世に自分が英雄だったことを
証明するものですよね。 過去の記録を探して歴史として綴るのは、
やっぱりどういう経緯で現代につながるのかって、気になるもん
じゃないですかね。

mar********さん

編集あり2011/7/410:24:40

一番大きな理由は為政者が自分の功績を記録するためでしょうね.
ただ,記録に関する考え方は民族によって大きく差があります.
もっとも細かく記録を残そうとしてきたのが中国で,『春秋』や司馬遷の『史記』に代表されるように年代までがはっきりわかるように歴史をきっちり記しています.一方で,インドなどは中国に勝とも劣らない文明を築き上げてきた割りには詳しい歴史を記す情熱はなかったようで,著名な人物の大まかな事績は伝わっておりますが,それがいつのことなのか,詳しくはどのような事柄があったのかははっきり示されておらず,史実と伝説の境界が非常に曖昧になっています.

山田太郎さん

2011/7/409:47:30

同じ過ちを繰り返さない為でしょう。

2011/7/406:45:41

社会と歴史に貢献するためです。

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