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元西武の中島弘美投手の資料はないですか?

nar********さん

2011/7/1022:25:23

元西武の中島弘美投手の資料はないですか?

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kur********さん

2011/7/1119:14:42

1972年・ドラフト入団時
・「昔から尻とモモのデッカイやつは大成しますね」と盛んに武末スカウトがPRを行うのは、ドラフト1位の中島「八代一高」の体格である。入団発表のため熊本県の天草の本渡市から福岡へつれてきた中島を、武末スカウトは自説の体格論でブチまくった。「どうです。デカイでしょう。このシリと足はね、牛乳配達から新聞配りまでして鍛え上げたたまものです。スジガネ入りですからね」ほめられ、売り込まれているうち中島君も、自信満々のプロ入りとなったらしく、入団発表早々から、「何年後には一軍へ上がります」などと、並みの新人入団発表と違って「できれば一年目から飛び出します」と大きく出てきた。ちなみに武末スカウトが大成間違いなしと太鼓判を押す中島君のモモは「軽く六十センチはありますね」という超特大サイズ。既製服は買ったことがないというところ、確かに並みの高校生ではないことはハッキリしたが・・・

1973年・太平洋のアメリカ留学組が力をつけている。ドラフト1位で入団した中島は「試合に慣れさせ、どのくらい投げるか腕試しするつもりで投げさせた」・・・稲尾監督、・・・という一軍公式戦で初勝利を挙げたが、ローダイ・ライオンズのエースだったのはそれだけの力があったということを証明した。

1973年・ドラフト1位の中島の初勝利は大いに首脳陣を喜ばせた。米国1Aのローダイライオンズで6勝3敗の成績をあげて帰国しただけに、その成果はいかにと注目する首脳陣は初勝利の10月3日の対近鉄戦・先発の投球内容を表していろいろな見方をしていたが「心臓はたいしたもの」といちように口をそろえたもの。それもそのはず、青木専務のいうには「米国の帰り道、なぜオレの後ばかり、ついてくるのか」と聞いたら「専務と一緒だと食事代が助かります」とヌカシやがった。「今のライオンズの若者にはこの心臓がないのだよ」と。

1978年・・現役最後の年俸・220万円

質問した人からのコメント

2011/7/11 19:18:56

笑う やりますな!

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