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死刑は国家犯罪ではないのですか? いかなる理由があっても国家が人を殺害するの...

q3a********さん

2011/9/401:05:16

死刑は国家犯罪ではないのですか?
いかなる理由があっても国家が人を殺害するのは納得できません。
誰か、死刑が国家犯罪であることを証明して下さい。

補足あまりにも死刑が国家犯罪ではないと言う意見が多くて驚きです。よく考えて下さい。極端に言えば国家が法律の名の下で殺人を認めているのですよ。だから一般に殺人があるのとは思いませんか?法の精神は失われているのですかねぇ。

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ベストアンサーに選ばれた回答

tat********さん

2011/9/523:26:33

死刑は結局、人(裁判官など)が人(犯罪者)を殺す(死刑)と決め、
人(死刑執行人)が人(犯罪者)を殺す(死刑執行)ことです

突き詰めればこのように話です
凶悪犯罪者が死刑になっても仕方ないという考えは分からなくはないです

ですが多くの人が納得できる条件のもとでは人は殺されてもよい、
という訳にもいかないでしょう

死刑として生放送の番組でギロチンでも行われたら、
死刑に対し、様々な本気の意見が飛び交うと思います

自分の知らない時に知らない場所で誰かが死刑をされても自分は関係ない
これでは死刑について考えに考え抜いた意見は出にくいんではないでしょうか

質問した人からのコメント

2011/9/10 16:42:46

皆様の非常に参考になるご意見、ご回答ありがとうございました。死刑がなくなるほどの治安の良い社会にしたいものです。ベストアンサーには奇抜な問題提議をされた方に!もっと開かれた議論をしたいものです。

ベストアンサー以外の回答

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oid********さん

編集あり2011/9/901:55:37

あなたに問う。殺人犯は、いかなる理由があって人を殺害したのか?

国家が人を殺害するのが納得できないと言うが、人が人を殺害するのは納得できるのか?

そもそも、この世から排除しなければならないのは「死刑」ではなく「殺人」なのだよ。

あなたに致命傷を与えよう。
「死刑廃止国では、死刑を廃止にしても殺人は起きている。」

これは死刑(国家)が殺人を生み出すという、あなたの理論を否定する「事実」である。

kah********さん

2011/9/900:12:21

この国の「国民の意思」は、

「運がよかろうが悪かろうが、能力があろうがなかろうが、ほかさまざまな違いがあっても人権は必ず平等に、そして最大限保障される。(ただし犯罪を犯したら別)」…(※)

ということのはずです。

ですが、この意思の問題点として、まずそもそも「犯罪者は別」とする理由がまったく示されていません。犯罪者であれ、真人間であれ、感じる痛みや悲しみ、苦痛はまったく平等なのですから、それでいて「人権を理由なく制限してもよい」というのならば、「人権」という考えのそもそもの存在理由に矛盾しています。

さらに(※)の文章は、自己矛盾をも抱えています。

というのも、犯罪者を含めて人間は、すべてたんぱく質でできた機械に過ぎないということです。機械が返すアウトプットはすべてインプットに依存します。要するに、犯罪者が犯罪者になったのは、遺伝子の中にコードされていた内容と、育てられ方に依存するということです。

で、これらはすべて運に依存するものです。人それぞれから見れば、生まれてきた自分の遺伝子がどんな型になるかはすべて偶然によって決まりますし、どんな親の下に生まれてどんなふうに育てられるのかも運です。それで犯罪者になるかどうかが決まるのです。すなわちそれで人権が制限、剥奪されるのか、逆に保障されるのかが決まるのです。

これはすなわち、運で人権を保障してもらえるか否かが決められてしまうということです。つまり、(※)の文章の意味するところは、

「運がよかろうが悪かろうが、能力があろうがなかろうが、ほかさまざまな違いがあっても人権は必ず平等に、そして最大限保障される。(ただし運が悪かったら別)」

ということになり、これは意味不明の自己矛盾です。

もっとダイレクトに言うと、「死刑は、病院の新生児室に乱入した凶悪犯が、並んでいる赤ん坊の前で順々にサイコロを振って行き、1から5の目が出た赤ん坊には「お前には人権を保障してやる」と言い、6の目が出た赤ん坊に「お前には人権を認めない」と吐き捨ててすべて射殺していくような行為と同等だ」ということです。

ですので、これでも死刑は一応「国民の意思」に従っている「法」にしたがっているので「犯罪」ではありませんが、上のたとえを見てもわかるように、「非倫理、非人道行為」です。

矛盾しているから悪いのですね。要するに、(※)の文章の前半に対してカッコ内が矛盾しているから、カッコ内の行為が非人道行為なのです。

矛盾をなくすには、犯罪者にも人権を認めればいいのです。我々とまったく同じように人権を認めます。ですが、それでは懲罰は不可能になり、抑止力が確保できずに犯罪が激増するのではないか。いいえそんなことはありません。

だって、「不幸な誰かをより幸福にするため」なら、制限することは禁止されていないのです。だって「誰でも平等に最大限保障」なんだから、誰かがむやみに幸福で誰かがむやみに不幸なら、幸福なほうからとってきて不幸なほうに与えてもよいでしょう。金持ちから税金を取って貧乏人に再分配するようなのものです。

要するに「加害者1人の人権を10に保障すれば、新たな被害者10人が不幸になり、そ彼らの人権が2に制限されてしまう」というのなら加害者の人権を2を限度として制限してゆき、未来の犯罪によって人権が2に制限されてしまう「新たな被害者」の数をその抑止力によって最小にできるようにすればいいのです。

2を越えて犯罪者の人権を制限してはいけません。2を下回れば、「新たな被害者」よりも「犯罪者」の人権のほうをより軽視していることになり、「平等」の部分に反します。また、「新たな被害者」の数が減らせない、つまり抑止力などのプラス要素が期待できないのにもかかわらず、加害者の人権をより制限することも、「最大限」の部分に反します。

これでその罰に抑止力さえあれば、加害者が起こした犯罪によって被害者が奪われた人権を限度として、彼らの人権を制限し、抑止力を確保、社会全体の平等で最大限の幸せ、すなわち「最小不幸」につなげることができます。

なおこれでも死刑はまだ非倫理行為です。と言うのも、死刑とそれ以外の罰では抑止力に差はないですから。抑止力がないのにもかかわらず犯罪者の人権を余分に制限したり剥奪することは、「最大限」に反しますので、倫理的に許されざる身勝手行為といえます。

これらは証明とまではいえないでしょうが、こうまでいわれるともう、死刑賛成派は黙るかファビョるかしかありません。

自由意志思想がカルト思想だと気づき、また、どんな人間も感じる痛みは平等、よって保障するべき人権も平等であることにも気づけば、結論は明白です。

どんな人間でも追い詰められたら殺人犯になりますし、どんなクズでも愛をもって接されれば真人間になる。それだけです。

yuu********さん

2011/9/821:12:21

殺人をしても犯人は死刑にはならない。なら?被害者遺族が犯人を殺しても死刑にはならない。

貴方の法案だと新たに犯罪者を産むだけ、、、サル知恵と言います。

chi********さん

2011/9/711:39:45

法とは 正義ではなくて 実利的妥協の産物であることを
前提に しないと だめだね
あなたが 牛肉をうまいといって 食べるのは 動物愛護精神に欠けているとしても
生きるためには 仕方なし というところだねえ
民主のあほう 法務大臣は世間知らずの 馬鹿だらけ

imo********さん

2011/9/707:44:45

道徳的に思考をしているようですが、逆に考えてみてください。

害悪は駆除するしかないでしょう?

報われるべき人々を保護するためのものです。

それが殺人だったとしても別にかまわなくないですか?

法の精神といいますが、公共の福祉を犯しているのですから仕方がないですよ。

そもそも、死刑なんてものを私たちが受けることは一生ないでしょう?

そしたら、死刑の存在理由って単に私たちの前から有害なものを駆除してくれるだけのものですよね。

良いことだらけじゃないですか。ここに死刑に反対する理由がありますか?

合理主義的に考えることをおすすめします。

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